JR東日本グループのホテル「ホテルメトロポリタン丸の内」(東京都千代田区)で、新幹線や在来線など多くの電車が乗り入れる巨大ターミナル、東京駅から延びる線路を一望できる28階の1室で、電車運転士を養成する本物の訓練用シミュレーターを使った〝電車運転〟を体験できるプラン(1泊1室3万7千円~)が人気を集めている。9月末までの期間限定サービスで、売り切れに近い状況だという。
同ホテル広報担当の神谷達也さんは、新型コロナウイルス禍で外出控えが進み、同ホテルの利用者数が著しく減少したことを受け、「お客様の新たなニーズの掘り起こしに頭をひねった。お客様に対しては、宿泊というよりも、滞在自体を目的にホテルへ足を運んでもらい、楽しいサービスを満喫してもらうことに力を注いだ」と狙いを語る。
運転士が見る景色をそのまま再現
訓練用シミュレーターは幅約1メートルで操縦桿やスピード計測器などが備え付けられている。東京駅に出入りする電車を見下ろせる大窓には大型モニターがセットされ、線路や駅の実写映像が映し出される。滞在者は大型モニターを見ながら操縦桿を操作。電車の出発、加速、駅では決められた位置に停止、出発時は電車の扉を閉じてホームの安全を確認-といった電車の運転士が担う一連の仕事を疑似体験できる。
大型モニターには、京浜東北線の大宮-大船駅間と、八高線の高崎-高麗川駅間の車窓から見える線路や街並みの実際の映像がそのまま映し出される。シミュレーターから流れる音声は、運転中や駅で運転士が耳にする実際の音を録音したもので、臨場感たっぷり。神谷さんは「徹底的にリアリティにこだわった」と話す。
ベッドに寝坊防止の仕掛けも
もう一つの目玉は、宿直勤務をする運転士が実際に使う「定刻起床装置」がベッドのシーツの下に仕掛けられている点だ。この装置は衝突事故時に膨らむ自動車のエアバッグのようなもので、あらかじめ設定した起床時刻が来ると、運転士の背中の下にセットされた空気袋がどんどん膨らみ始め、就寝中の運転士は強制的に起こされる。滞在者はまさに運転士気分を味わえるというわけだ。
実際、これらサービスは利用者には好評で、当初ターゲットに当て込んだ鉄道ファンからだけではなく、家族連れやカップルからも「大人も楽しめるサービスだ」「自分の世界に浸り、何もかも忘れ熱中できるのが魅力」との声が多く寄せられた。予約者数については、4月のサービス開始以降、低迷が続いたが、まん延防止等重点措置などの行動規制がなかった5月のゴールデンウィークを機に予約者数が増加に転じ、子供たちが夏休みを迎える7月に入ると、サービス終了となる9月末までの予約がほぼ埋まったという。10月以降のサービス継続は予定していない。
神谷さんは人気の秘訣について「理由の一つは、東京駅に乗り入れするさまざまな電車を見下ろせる圧倒的な景色が当ホテルの最大の売りであること。ただ、私たちはそれだけで勝負せず、鉄道サービスを展開するグループならではの強みを発揮すべく、訓練用シミュレーターによる電車運転体験を盛り込み、真似できない付加価値を付けて、競合との差別化を図ったことが大きい」と分析する。
競合が真似できない付加価値で勝負
ホテル業界をめぐっては、京浜急行電鉄(横浜市西区)が運営するビジネスホテル「京急イーエックスイン」(京急 EXイン)が電車ファンをはじめ、夏休みの親子連れなどの利用を念頭に、京急車両の写真や駅名の看板などで彩られた特色ある「コンセプトルーム」の販売をスタートしたのは記憶に新しい。
企業の戦略立案を手がけてきた「eパートナーズ」(大阪市北区)の戦略コンサルタント、出口彰浩さんは、ホテル業界を取り巻く厳しい経営環境を踏まえたホテルメトロポリタン丸の内や京急 EXインの生き残り策は示唆に富むと指摘。「ホテルはその独自資源を有効活用し、新しいニーズに対応するサービス・商品を新規開発することによって、収益性を高めることが期待できる」としている。(高橋天地)

