熱戦が続くサッカーワールドカップ北中米3カ国大会。日本代表の活躍にはもちろんのこと、各国の一流プレーヤーの技量に思わず感嘆の声を上げている方も多いのではないでしょうか。サッカーの試合を見ているとき、「どうしてあの選手は味方や相手の位置を一瞬で把握できるのだろう」と思うことはありませんか。ピッチ上では22人の選手が絶えず動き続けています。ボールを持った選手は、味方や相手の位置、空いているスペースなど、多くの情報を同時に処理しなければなりません。こうした能力は、トレーニングによって向上するのでしょうか。
九州工業大学 大学院生命体工学研究科・夏目季代久教授、同・斉藤嘉子研究員、九州産業大学 人間科学部・磯貝浩久教授による研究チームは、3D-MOT(三次元複数物体追跡)トレーニングがサッカー選手の認知機能と脳活動に及ぼす影響を調査しました。この研究に関する論文はデジタル領域を中心に学術論文を広く掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開されています。
研究チームが注目したのは、「3D-MOT」という認知トレーニングです。これは画面上をランダムに動き回る複数の物体を追い続ける訓練で、スポーツ選手の視野や注意力を鍛える目的で利用されています。今回の研究では、大学サッカー部に所属する29人の選手を対象に、自宅で実施できるトレーニングアプリ「Neuro Tracker X(NTX)」を使って効果を調べました。
トレーニング参加者は3Dメガネを装着します。画面上に8つの黄色いボールが出現し、そのうち追跡対象となる4つが強調表示され2秒間表示されます(図a)。その後、ボールは3Dメガネを通して認識される3次元空間内を8秒間移動します(図b)。 この時、ボールは前後・上下に移動し、時折壁に跳ね返ったり互いに衝突したりしながら、予測困難な運動パターンが描かれることになります。参加者は最初に強調された4つのボールが、移動後どのボールなのかを選択します(図c)。最後に、正解したターゲットボールがハイライト表示され(図d)、参加者の選択が正しければ、次のトライアルでボールの移動速度が上昇、ボールの選択に誤りがあった場合は速度が低下してセッションが繰り返されます。
選手たちは約30回のトレーニングを行いました。その結果、トレーニングを実施したグループでは、複数の対象を追跡する能力が向上しただけでなく、「2-back課題」と呼ばれる認知テストの成績も改善しました。これは、注意力や短期的な記憶の働きが高まった可能性を示しています。一方で、より難易度の高い記憶課題では明確な改善は確認されませんでした。さらに、研究チームは認知課題に取り組んでいる最中の脳波を測定しました。その結果、トレーニング後には、集中力や注意力のコントロールに関係すると考えられている「アルファ波」の活動が有意に増加していることも分かりました。
以上の結果から研究チームは、3D-MOTトレーニングを行ったことによる注意力の向上は、パスの精度や選手の意思決定の質を高める効果が期待されるのではないかとしています。ピッチの中で起きている複雑な情報処理―その能力を科学的に測定し、向上させようとする研究は、今後さらに広がっていくのかもしれません。

