

戦後長らく続いてきた日本の電力体制を見直す「電力システム改革」に政府が邁進(まいしん)している。家庭向けを含めた電力小売りの全面自由化が中核で、競争を通じた料金引き下げやサービス多様化が期待されている。一方で、巨額の投資コストを必要とする原子力発電所をどう運営するかは自由化後の大きな課題となる。電力会社が料金を競う自由化の下では、投資を料金で回収することが難しくなるからだ。エネルギー基本計画で「重要なベースロード電源」とされた原発を自由化後、どのように位置づけるのか、電力の安定供給を踏まえた戦略が求められている。
「活用」に向け問われる制度設計

高さ22メートルの防潮堤の建設が進む中部電力浜岡原発。
安全対策の総額は3000億円におよぶ(静岡県御前崎市、同社提供)
「民間が原子力を担っていくため、新たな『国策民営』のあり方について速やかな検討をお願いしたい」
電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)は、4月18日の定例会見でこう訴えた。政府が電力改革を急ピッチで進める中、国が計画し、民間の電力会社に運営を委ねる「国策民営」の形がとられてきた原発事業のあり方を再考するよう求めたものだ。
電力業界に共通するのは、電力改革後も原発を維持するための巨額の資金調達をまかなえるかという懸念だ。現在、電力大手は人件費や設備投資などの費用に一定の利益を上乗せして料金を決める「総括原価方式」が認められている。先々に必要となる資金をあらかじめ料金に織り込み、設備投資に必要な資金を安定的にまかなうことが可能となる。
昨秋の臨時国会で成立した改正電気事業法には、電力大手による地域独占体制を見直し、平成28年をめどに電力小売りを全面的に自由化することが盛り込まれている。これに伴い、総括原価方式は経過措置期間を経て廃止される見通しだ。だが、電力業界からは「総括原価方式が撤廃されることで資金回収のめどが立ちにくくなり、本来は必要な大型投資に二の足を踏むケースが出かねない」との声が上がる。
とりわけ原発は1基あたりの建設費が約4千億円と高額。今後、安全性と効率性を高めるために、老朽原発を最新鋭原発に建て替えることも想定されるが、総括原価方式が廃止されれば投資費用の回収が難しくなる。電力各社は現在、新規制基準への対応で安全対策に取り組んでいるが、こうした対策費用の回収も容易ではなくなる。
21世紀政策研究所の澤昭裕研究主幹は「電力システム改革により、原発をエネルギー安全保障を担う『公益電源』として政策支援の対象にするか、火力発電などと同様でコストを競い合う『競争電源』として位置づけるか、政府は明確にする必要がある。原発を活用するならば、財政的な支援策について検討することが欠かせない」と指摘する。
政府が4月に閣議決定したエネルギー基本計画では、電力改革後の原発が抱える課題について「海外の事例も参考にしつつ、事業環境のあり方について検討を行う」としているが、具体的な方策については触れられていない。経産省幹部は「原発の競争環境が厳しくなるから資金支援するというのは、自由化の理念と相いれない部分がある」との見方を示す。
ただ、電力の安定供給はシステム改革を行う上での大前提であることは言うまでもない。自由化後も安定供給に支障が出ないようにするにはどうすべきか、政府には慎重な制度設計が求められている。
固定買い取りや政府が債務保証

巨額の投資が必要な原発を自由化の中でどう維持していくのか。自由化がいち早く進む英米では原発維持に知恵を絞り、さまざまな政策を導入している。
英政府は、原発は二酸化炭素(CO
2)の排出量が少ないため、風力など再生可能エネルギーと同様に長期固定価格買い取り制度の対象としている。
昨年10月には、同国南西部サマセットで建設が計画され、2023年の運転開始を目指すヒンクリーポイント原発の2基に対し、市場価格の約2倍の価格で35間にわたって電力を買い取ることを約束。総事業費160億ポンド(約2兆6900億円)という大型プロジェクトを後押しした。
英政府は温室効果ガスを20までに1990年比32%、50年までに80%削減するという目標を掲げる。原発に対する優遇措置は低炭素社会の実現に貢献するとの期待の表れだ。
シェールガス革命に沸く米国では、安価な天然ガスが原発よりも価格競争力に優れていることから、5基の原発閉鎖が決まった。原発新設の機運は弱まっているが、米政府は今年2月、ジョージア州で建設中のボーグル原発の2基に対し、65億ドル(約6600億円)の債務保証を決定した。
一方、ドイツ政府は11年の東日本大震災を受け、同年7月に8基の原発を即座に閉鎖するとともに、運転中の9基も22年までに順次運転を停止することを決めた。これに対し、原発を所有・運転する会社は激しく反発。財産権の侵害に当たるとして、政府に補償を求める訴訟を起こす事態に発展している。
ドイツ政府は20年までに発電に占める再生可能エネルギーの割合を35%以上に高める計画だ。だが、再生エネルギーの買い取り費用は電気料金に上乗せされるため、料金の高騰を招く事態が生じている。
「発送電分離は安定供給に支障」・・・改正法成立へ曲折も
電力会社の地域独占が認められてきた電力市場は、平成12年以降、段階的に自由化されてきた。当初は電力を大量消費するデパートや大規模工場が対象だったが、16年以降は中規模の工場やスーパーにも拡大、現在は契約電力50キロワット以上の中小工場も対象となり、電力会社以外の特定規模電気事業者(新電力)が参入している。
改革の“本丸”と位置づけてきた家庭向けの自由化は進まなかったが、前進に転じたのは23年の東京電力福島第1原発事故がきっかけだった。震災直後、西日本には電力が余っていたにもかかわらず、東日本の電力不足が深刻化した背景には地域独占体制が阻害要因となったとの指摘があったためだ。自由化で競争を促進して料金を引き下げる必要性も強調された。
24年2月には経済産業省の総合資源エネルギー調査会傘下の有識者委員会で、電力システム改革の議論を開始。同年12月の自民党への政権交代後も改革方針は変わらず、25年2月には有識者委によって改革を求める報告書がまとめられた。
電力改革は今後、3段階で進める計画で、昨秋の臨時国会では第1弾として全国規模の電力需給調整を担う組織の設立などが盛り込まれた改正電気事業法が成立。新組織は災害などで地域的な電力不足が発生した際、他地域の電気事業者に発電量の拡大や電力融通を指示する強い権限を持つ。
今年1月には民間電力会社などで構成する準備組合が発足し、名称を「電力広域的運営推進機関(通称・広域機関)」とすることが決定。7月以降に経産相に設立認可を申請し、27年4月の業務開始を目指している。
改正電事法の付則には、28年をめどに電力小売りの全面自由化、30~32年をめどに電力大手の発電と送配電部門を別会社にする発送電分離の実施を目指し、26年と27年の通常国会にそれぞれ必要な電事法改正案を提出するとされている。スケジュール通り、政府は小売り全面自由化を盛り込んだ電事法改正案を今国会に提出。改正案は20日の衆院本会議で可決され、成立する見通しが立った。
ただ、来年の通常国会での成立を目指す電事法改正案に盛り込まれる発送電分離は、安定供給に支障が出るとの指摘も根強い。成立にはなお曲折も予想され、経産省は「制度設計を練り、理解を得られるように説明していきたい」としている。