電力危機の真実【7】技術の伝承|日本のために今~エネルギーを考える~:イザ!

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電力危機の真実【7】技術の伝承

 原発の運転停止が続く中で、原子力を担う人材確保が課題となりつつある。福島第1原発事故後、原子力産業への就職を希望する学生が減少、事故の当事者である東京電力からは人材流出が続く。先に閣議決定された「エネルギー基本計画」では原発を「重要なベースロード電源」としながらも、原発依存度を「可能な限り低減させる」と明記した。〝玉虫色〟の原子力政策に対し、電力各社や原発メーカーは「将来の原子力産業を担う人材を確保できなくなる」と懸念を強めている。

志望者大幅減、廃炉に支障も


福島第1原発4号機の原子炉建屋。燃料貯蔵プールから燃料棒を取り出す作業が続く(4月15日)

 「全員一丸となって取り組もう」
 4月1日午前8時半、東京電力福島第2原発の免震重要棟。同日設立された社内分社「福島第1廃炉推進カンパニー」の社員、数百人が集められ、増田尚宏最高責任者がこう訓示した。第1原発の事務スペースが手狭なため、大半の社員はしばらく第2原発で働くのだ。
 全国10電力で初めて設置された廃炉専門の部門となる。収益を生み出さないため、社員士気をどう高め、優秀な人材をどう集めるかが課題だ。増田氏は「第1原発の後始末という意識ではダメ。かつてない事業なので、ロボットなど世界最先端の技術者も集う。前向きにやりがいを感じてもらえれば」と話す。
 だが、東電では人材の流出が続く。事故前に年100人程度だった自主退職者は平23年度は465人、24年度は712人と跳ね上がった。25年度も488人で、3年間で合計1665人に達した。このうち4割は経営幹部候補や原子力技術者などの中核社員といい、こうした状況に歯止めがかからなければ、廃炉にも影響しかねない。
 原子力産業を目指す若者も急速に減少している。電力各社やプラントメーカーなどでつくる「日本原子力産業協会」(原産協会)が、東京と大阪で毎年開催している原子力企業の就職説明会の来場者は、事故前の22年度は1903人だったが、23年度は500人を切る水準にまで激減。25年度も420人と22年度比約8割もダウンした。
 25年度の参加者を学科別に22年度と比べると、「原子力・エネルギー系」は2割減にとどまったが、「電気・電子系」「機械系」「数学・物理系」は、それぞれ7~8割減少した。25年度の来場者アンケートのコメント欄には、「原子力は負のイメージが強い」「常に逆風」「使用済み核燃料の処理が不安」などの意見が書かれていた。
 原子力・エネルギー系の技術者だけでなく、電気や化学などの技術者を確保できなければ、原発を安全に動かすことはできなくなる。まして廃炉は完了まで40年ともいわれるほど長期にわたる作業が続く。作業を完遂するためにも原子力に関わる人材の育成は急務だ。
 だが、文部科学省によると、「原子」の名前を冠する大学3学科・大学院8専攻の昨春の入学者数は計260人とピークの22年度から55人減少した。日本原子力学会会長を務めた田中知・東大教授は「廃炉しか仕事がなければ、優秀な人材は入ってこない。安全な原発を造りたいと意欲を持つ人たちはいるはずだ。こうした芽を摘み取ってはいけない」と警鐘を鳴らす。
 電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)は「技術継承のための人材を確保できるよう、将来的にも一定規模の原発を確保するという政策を明確にしてほしい」と求めている。

原発メーカー、海外展開加速

 東芝や日立製作所、三菱重工業などの原発メーカーが海外展開を加速している。これまでは国内が中心だったが、福島第1原発の事故以降、原発の新設は期待できず、再稼働の遅れで保守業務なども減少しているからだ。技術を継承していくためにも海外での受注拡大が不可欠になっている。
 「(原子力事業の中心は)海外。日本は新しい原発は見込めない」。東芝の田中久雄社長は強調する。東芝は今年1月に英国の原子力発電事業会社「ニュージェン」の株式の60%を取得すると発表。ニュージェンが英北西部で建設を計画する原発に、傘下の米ウェスチングハウス(WH)の最新型原子炉3基を納入する方針だ。
 東芝は平成30年度までに原子力事業の売上高を1兆円にする目標を掲げる。欧州や中東などでの新規受注を視野に「達成は十分可能」とみている。
 日立製作所も英国で24年に原発事業会社「ホライズン・ニュークリア・パワー」を買収、原発の建設を進めている。
 日立が初の原発輸出に踏み切ったのは、人材や設備を維持していくのに継続的な受注が必要だからだ。原発事業は特殊性が高く、専門的な知識やノウハウが求められる。日立の担当者は「余った人員を他の事業に回したり、受注したからといって急に増やしたりはできない」と打ち明ける。
 日本と異なり、欧州やアジア、中東などではエネルギー需要の高まりや温室効果ガス削減を背景に原発の新設が計画されており、ロシアなど海外メーカーも受注攻勢をかける。
 日本原子力産業協会によると、世界で建設中の原子炉は81基、さらに計画中は100基に上るという。
 メーカーにとっては、安倍晋三政権が原発などのインフラ輸出を成長戦略に掲げていることも追い風だ。4月にはトルコへの原発輸出を可能にする原子力協定の承認案が参院本会議で採決され、賛成多数で承認された。トルコでは、三菱重工などの企業連合が黒海沿岸のシノップで原発を建設する計画だ。
 原発の安全確保は、世界的な課題だ。福島第1原発事故を経験し、安全性の向上に取り組む日本の技術力に対する期待は大きい。三菱重工幹部は「日本の原発技術を輸出することは、世界の原発の安全性を向上させることにもつながる」と力を込める。

長期停止なら関連部門縮小も

 福島第1原発事故後、電力各社の経営は悪化し、給与カットなど大幅なリストラを余儀なくされている。今のところ、原子力部門への影響は限定的だが、原発の再稼働が進まない場合には、原子力部門の縮小が進む可能性がある。
 日本原子力産業協会が昨夏、電力各社やメーカーなどを対象にしたアンケートでは、全国の原子力関係従事者は前年比1%増の4万6909人(電力各社1万2362人、メーカーなど3万4547人)と大きな変化はなかった。
 だが、原発の長期停止に伴って予想される影響(複数回答)として、64%が「雇用(人員)や組織体制」、48%が「技術面」と回答。具体的には「原子力関連部門の維持の困難」「技能伝承の困難」を挙げる企業が多かった。すでに全体の約4割は「雇用の縮小」を実施しているか、検討している。
 日本とは対照的に、原子力産業を目指す若者が急増しているのが中国だ。
 中国の原発事情に詳しいテピア総合研究所によると、中国では現在、40を超す大学に原子力関連の学科があり、1万人を超える学生が在籍している。企業側の採用意欲も旺盛で、中国最大手の原発企業、中国核工業集団は毎年約2千人を新規採用しているという。
 原子力産業は「日本が世界で優位に立てる数少ない分野」(大手電力幹部)だが、原産協会の丸末安美・人材育成部リーダーは「日本に原子力人材がいなくなれば、外国人技術者を雇用せざるを得なくなるかもしれない」と指摘する。

東京電力福島第1原発の廃炉

 平成23年3月の東日本大震災で、福島第1原発1~3号機では燃料体が溶融して原子炉圧力容器の底に落ちる「メルトダウン」が発生。定期検査のため停止していた4号機も水素爆発で建屋が損壊した。東電は今年1月までに1~6号機を「廃炉」にすることを決定、現在は放射線量の比較的少ない4号機の燃料取り出し作業を進めている。
 最大の難関は、1~3号機で溶け落ちた燃料(デブリ)の取り出し作業。デブリの位置や形状はまったく分かっておらず、炉内の状態を確認するため、遠隔操作技術などの開発が必要だ。取り出し完了は早くて47年ごろになるという。この後、計画では廃炉完了を52~62年としているが、原子炉や建屋の処分方法については未定だ。