

日本の温室効果ガスの排出量が増えている。発電時に二酸化炭素(CO2)を出さない原発の稼働が止まっているためだ。再稼働の時期も見通せず、政府は温室効果ガスの削減目標を引き下げざるを得なくなっている。昨年11月には、従来より後退した削減目標を提示し、各国から批判を浴びており、国際社会における日本の発言力低下を懸念する声も出ている。
火力依存 国内CO2の排出増加

和歌山県海南市の関西電力・海南発電所
日本の温室効果ガスの排出量は、直近ではリーマン・ショック後の生産減少の影響があった2009年度を底に増加が続いている。環境省によると、12年度の排出量(速報値)は前年度比2・5%増の13億4100万㌧となり、3年連続で前年を上回った。排出量は景気動向にも左右されるが、この傾向が続けば地球温暖化のリスクが一層高まり、猛暑や異常気象などの影響を拡大しかねない。

12年度に温室効果ガスの排出が増えたのは、「東日本大震災以降、原発が停止し、火力発電への依存が高まったため」(環境省低炭素社会推進室の安田将人室長補佐)だ。しかも全国に約300ある火力発電所のうち、運転開始から40年を超え、エネルギー効率が悪い老朽設備が全体の2割を占めており、液化天然ガス(LNG)、石油、石炭といった化石燃料を燃やすときに生まれる「エネルギー起源」のCO
2は前年度比2・8%増の12億700万㌧となった。
一方、製造業で原料を化学反応させるときなどに生まれる「非エネルギー起源」のCO
2はほぼ横ばい。有機物が腐敗するとき発生するメタンなどは前年度を下回った。
CO
2など温室効果ガスの増加は、地球温暖化の原因になるとされる。18世紀の産業革命以降、化石燃料の使用が増え、世界全体で温暖化が進んだのと並行し、日本もこの100年で年平均気温が1・15度上昇した。昨夏には、高知県四万十市で41度という日本の観測史上最高の気温を記録。集中豪雨などの異常気象も増加しており、温暖化の影響が指摘されている。環境省によると、積雪が減ったことによるニホンジカの生息域の拡大や、米の白濁による品質の悪化といった現象も発生するなど、生態系や食品への影響がさらに広がる可能性がある。
電力事業について研究している電力中央研究所(東京都千代田区)の試算によると、30年度まで原発ゼロが続いた場合、京都議定書の基準年である1990年度に比べCO
2排出量は10・34%増えるという。CO
2の排出を抑えるためにも原発の活用が求められる。
温室効果ガス 原発停止・・・再稼動も不透明

原発の稼働停止は、日本の温室効果ガス削減目標にも影響を与えている。
昨年11月20日、ポーランド・ワルシャワで開かれた気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)の閣僚級会合で、石原伸晃環境相は2020年までの温室効果ガスの排出量について「05年比3・8%減」とすることを表明した。これまで日本政府が掲げていた削減目標は、09年に民主党の鳩山由紀夫政権が原発増設を前提にまとめた「1990年比で25%減」。だが、東日本大震災を機に全原発が停止。再稼働の見通しも立たず、従来より後退した目標を国際社会に提示するほかなかった。
「一見、低い値に映るかもしれないが、原発による排出削減効果を含めず目標を設定した。今後の検討を踏まえ、さらに見直す」
石原環境相は、この目標が、あくまで原発ゼロをベースにした暫定値であり、将来、全発電電力に占める原発の比率が明らかになれば、目標数値を引き上げることを強調したが、「05年比3・8%減」は1990年比に換算すると「3・1%増」となる。欧州連合(EU)の「90年比20~30%減」、米国の「05年比17%減」と比べても見劣りするだけに「遺憾の意を表明する」(EU)、「残念で仕方ない。再考を求める」(デービー英エネルギー・気候変動相)といった批判が相次いだ。
日本政府は批判を和らげようと、同時に3年間で官民合わせ計160億㌦(約1兆6千億円)の途上国支援を進める計画を発表したものの、各国の関心は高まらなかったという。国際社会から、日本の温暖化対策が大きく後退したと受け取られた格好だ。
政府は、月内にも「エネルギー基本計画」を閣議決定するが、今回は原子力や火力、再生可能エネルギーをどんな比率で組み合わせるかの「エネルギーミックス」は未定としている。原発再稼働の行方を見極め、改めてエネルギーミックスを決める予定で、それを踏まえ「なるべく早期に」(環境省)新しい削減目標を策定する方針だ。
今年は3月下旬に横浜市で開かれる国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会をはじめ、9月の米ニューヨークでの国連気候変動サミットなど温暖化防止に関する国際的なイベントがめじろ押し。来年も、1~3月に各国が京都議定書の「第2約束期間」が終わる2020年以降の削減目標を国連に提出。年末にパリで開かれるCOP21では、すべての国が参加する新たな温暖化防止の枠組みが決まるなど、国際的な取り組みが一気に加速する。
そうした中で、国際社会が納得いく目標を日本が示せなければ、「環境問題に非協力的とみなされ、この分野でリーダーシップを発揮できなくなる」(SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミスト)のは確実だ。
高い数値目標を示すには、原発の再稼働時期を明確に示すことが必要になる。宮前氏は「エネルギーミックスの方向性を急いで示し、原発再稼働への道筋をつける必要がある」と指摘している。
技術提供の見返りに排出枠
国内の省エネ努力に限界がある中で、政府が温室効果ガス削減の切り札として期待しているのが、昨年1月に導入を始めた「2国間クレジット制度」だ。企業が新興国・途上国に環境技術を提供し、温室効果ガスを削減した見返りに、その排出枠を獲得できる。政府の支援を受けて、制度活用に向けた事業化調査や実証事業に乗り出す企業も増えてきた。
2国間クレジット制度は、日本が独自に提案している制度で、導入に合意した国はモンゴル、パラオなど合計10カ国に上る。制度を使いたい企業は、日本と相手国で作る合同委員会の認証を受けなければならない。今のところクレジット発行に至った例はないが、政府は企業に補助金を出し、事業化調査や実証事業を支援している。
これまでのところ、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2012年度に19カ国54件、13年度(1月末現在)は13カ国25件を支援対象として採択。環境省も12年度に11カ国25件、13年度に11カ国37件の支援を決めている。
地域別でみると、企業が特に注力しているのがアジアだ。清水建設は昨年7月から今月にかけ、モンゴルでメガソーラーによる太陽光発電事業の導入に向け、事業化調査を実施。得られた知見を基に、合同委から認証を得るための手続きを進めている。
三菱電機、三菱商事などは今年1月から2年間、ベトナムでハノイとホーチミンの国営病院に高効率のエアコン約千台を導入し、病院全体の省エネ化を進める実証事業を行っている。2国間クレジットは国際会議で正式に認められた制度ではないため、政府は実績を積み上げることで、各国の理解を得たい考えだ。また、すべての国が削減義務を負う20年以降の新しい枠組みに2国間クレジットの排出枠が反映されるよう国際社会へ働きかける。
温室効果ガス
大気の成分のうち、地表から放射される赤外線を吸収し、熱が地球外へ逃げるのを防ぐガス。地表の平均気温を14度に保っており、温室効果ガスがなければ地表の気温はマイナス19度まで下がるといわれている。
温室ガスの中で最も多いのが化石燃料を燃やすときなどに発生する二酸化炭素(CO
2)で、2012年度の国内の総排出量の95%を占める。ほかにメタン、一酸化二窒素などがある。
18世紀の産業革命後、工業活動による石炭や石油の燃焼でCO
2排出が増え、地表の大気や海面の平均温度が長期的に上昇する「地球温暖化」を引き起こしたとされている。