電力危機の真実【1】料金値上げの影響|日本のために今~エネルギーを考える~:イザ!

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電力危機の真実【1】料金値上げの影響

 日本の電力供給が危機に陥っている。原発に対する国民の不信感は払拭されておらず、原発再稼働の遅れにより、料金の値上げだけでなく、安定供給にも支障が生じている。エネルギー安全保障の面でも問題を抱えたままだ。こうした日本の電力をめぐる現状をシリーズで検証する。初回は「電気料金値上げによる影響」を取り上げる。

懸念強まる産業空洞化 「コスト削減も限界」海外へ雇用流出


電炉で鉄くずを溶かして鋼材をつくる電炉メーカーにも打撃は大きい(日本鉄鋼連盟提供)

 「原発ゼロ」による火力発電用の燃料費負担が膨らむ中で、電気料金の値上げが広がっている。
 東京電力が平成24年4月から、企業向けの電気料金を平均で14・9%引き上げたのを皮切りに、これまでに6電力会社が相次いで値上げを実施した。打撃を受ける企業からは悲鳴が上がり、国内産業の地盤沈下が確実に進んでいる。
 「電気代が年500万円ほど増えた。影響は大きい」。中小企業が集まる東京都大田区で鋳造業を営む橋本鋳造所の荒木務常務はため息をつく。
 電炉で金属を溶かす鋳造業は、他の製造業よりも電力の消費量が大きい。同社は、最大電気使用量が毎時2千㌔㍗の電炉を他社と共同所有しているが、一昨年の料金アップに加え、電力会社が月々の燃料費に基づき電気料金を調整する燃料費調整制度による値上がりが経営を圧迫している。
 このため、同社では料金が安い夜間電力を使うために昼夜2交代制に切り替えてしのいできたが、荒木常務は「節電はもうぎりぎりだ」と肩を落とす。経営努力によるコスト削減はもはや限界を迎えている。
 こうした料金値上げによる逆風は、大企業の経営も確実に悪化させている。
 「電気代は半導体の生産コストの8%に上る。生産性の向上で挽回しなければならない」。東芝の久保誠副社長は1月末、記者団にこう述べ、電気代の負担が経営の重しになっているとの厳しい認識を示した。
 日本経済への影響の中でも、とくに懸念されるのは産業の空洞化だ。電気料金の上昇で国内生産を縮小し、海外に工場を移転する動きが加速する恐れがあるからだ。アベノミクスによる金融緩和で超円高は修正されたが、電気料金引き上げが国内生産の新たなハードルになりつつある。
 これを裏付けるように経団連が昨春行ったアンケートによると、電気料金アップの影響などもあって約5割の企業が「生産や国内設備投資を減らす」と回答。約3割は「海外での設備投資を増やす」と答えた。日本企業の目は確実に海外へ向き始めたといえる。
 企業の海外移転は、暮らしを支える雇用も国内から流出することを意味する。日本総合研究所の藤波匠主任研究員は「自動車関連などは産業の裾野が広い。そうした産業が国内生産を縮小すれば、日本経済への打撃は極めて大きい」と警鐘を鳴らす。
 電気料金の値上がりは、原発停止で火力発電の主力燃料である液化天然ガス(LNG)の調達費用がかさんでいるためだ。原発の代替電源として火力発電がフル稼働していることに加え、円安や燃料価格の上昇なども料金の押し上げ要因になっている。
 産業界では政策支援を求める声も強まっている。日本鉄鋼連盟などの業界団体は昨年6月、省エネ設備に対する補助金拡充などを政府に求め、LNGの調達先拡大も提案した。だが、いずれの対策も効果が出るまでには時間がかかる。
 今年6月に経団連会長に就任することが決まった東レの榊原定征会長は「安全を確認した原発は、可及的に速やかに稼働してもらうことが国益にかなう」と強調している。

家計圧迫 消費低迷の恐れ


東京電力の家庭向け電気料金

 電気料金の値上げは、家計にも重い負担としてのしかかる。各家庭では節電に取り組むが、その努力にも限界がある。今年4月の消費税増税をめぐり、安倍晋三政権は企業に賃上げを求めて家計負担の軽減を目指しているが、原発の運転停止が長引けば電気代は高止まりし、個人消費が冷え込む事態を招きかねない。
 「なんで、こんなに高い金額を払わなければならないの?」
 東京都内に住む40歳代主婦は手元に届いた1月分の料金請求を見て驚いた。
 電気料金の請求額は2万1155円。過去の請求額をみると、平成24年1月分は1万7116円、25年1月分は1万9116円で、わずか2年で4千円も値上がりしていた。1㌔㍗時あたりに換算しても「25円→25・4円→31・1円」と着実に上がっている。
 主婦は2階建ての戸建て住宅に会社員の夫と小学6年生の娘と暮らす。「テレビや照明をこまめに消しているのに、料金はどんどん上がる。家族に協力してもらってもっと絞らなければ」と表情を曇らせる。
 東京電力は24年9月、家庭向け料金を平均で8・46%引き上げた。これに加えて毎月の燃料費調整費も上昇傾向にある。関西、九州など他の5電力でも燃料費の上昇を理由に料金を値上げしている。
 エネルギー関連調査を手がける住環境計画研究所(東京都千代田区)が昨年7月に全国約1千世帯を対象に行った調査によると、東電管内で74%、関電管内では76%が「電気料金の値上げが生活に影響している」と回答。その半数以上は「電気代の節約を心がけるようになった」という。
 一方で25年の白物家電の国内出荷額は、前年比4・3%増の2兆2893億円と過去最高に達した。業界では「省エネ性能の高い家電に消費者の関心が集まった」とみる。家庭が懸命になって節電に取り組む様子が浮かび上がる。
 それでも家計負担は重くなるばかりだ。今年4月には消費税率が8%に引き上げられる。SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは「原発を早く再稼働させて電気代を引き下げなければ、消費者意欲が落ち込み、経済が停滞する恐れがある」と予測する。

自由化に遅れ…国際的に割高水準

 国際的な日本の電気料金は割高な水準にある。
 日本の1㌔㍗時あたりの電気料金は家庭用が22・1円、産業用が15・5円。電力自由化の遅れに加え、火力発電向け液化天然ガス(LNG)などの輸入コストの増大が料金を押し上げている。
 国際エネルギー機関(IEA)の資料をもとにして資源エネルギー庁が、平成24年の電気料金の平均値を当時の為替水準に合わせて1㌦=79・8円で円換算した(グラフ左下)。ただ、当時よりも円安が進行しており、現在の日本の料金はさらに上昇している。

 それによると、米国は家庭用が日本の半分以下。主力電源である石炭火力の燃料を国内で安価に手に入れられることが大きい。原発が主力のフランスも料金は抑えられている。
 電力会社に太陽光などの再生可能エネルギーを買い取らせる費用を手厚くしているドイツでは家庭用が高い一方、産業用は安く据え置かれている。
 韓国の料金が安いのは、政府が国有電力公社の赤字を容認しつつ、政策的に料金を安く設定するなどしていることが理由だ。
 日本の電気料金を下げるには、原発再稼働による発電コストの引き下げだけでなく、電力会社に競争を促すことが不可欠だ。

電気料金

 電力会社と契約している電流量などの大きさで決まる「基本料金」と、実際に使った電力量によって額が上下する「電力料金」などで構成する。これらは発電全体のコストを料金に転嫁する総括原価をもとに算出する。また、この料金は燃料費の変動に合わせる「燃料費調整額」によっても額が変わる仕組みだ。契約者のうち、一般家庭など低圧で電気を使う「規制部門」の料金値上げには政府の認可が必要となる。一方で高圧で電気を使うオフィスビルや工場などの「自由化部門」は、電力会社との自由交渉によって料金が決まる。