
シンポジウム「日本のために今~エネルギーを考える~」
産経新聞社は3月24日、東京・平河町の都市センターホテルで、今後の日本のエネルギー問題を討議する「日本のために今~エネルギーを考える~」と題したシンポジウムを開催した。ジャーナリストの櫻井よしこ氏の基調講演に続き、双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦氏、フリーキャスターで事業創造大学院大学客員教授の伊藤聡子氏、東京大学付属病院放射線科准教授の中川恵一氏の3氏が、多くの課題を抱える日本のエネルギーのあるべき姿を探った。
(コーディネーターは長辻象平・産経新聞論説委員)
基調講演 ジャーナリスト・櫻井よしこさん

今日は日本経済にとって大事なエネルギー問題について、話してみたいと思います。東日本大震災後の日本は今、原発を1基も動かしていません。でも、私たちは以前と同じような便利な生活を送っています。それは原発に代わって火力発電で電気をまかなっているからです。この電力供給のために毎日、約100億円がよけいに費やされています。私はこのことで、日本の底力がむしばまれ始めているのではないかと心配です。
震災後、私はよく福島に行くようになりました。現地で目にするのは、除汚土壌などが入った袋が高く積み上げられている光景です。しかし、これが果たして正しい政策判断なのか、疑問に思わざるを得ません。
民主党は震災当時、放射線量が1ミリシーベルト以上の箇所は除染すると決定しました。住民の不安解消という優しい気持ちからだとは思いますが、無責任のそしりは免れられません。1ミリシーベルトという水準は、科学的に見てほとんど害がないからです。長年にわたる日本の被(ひ)曝(ばく)者の健康調査は世界で唯一の調査と認められていますが、それによると放射線量が年間100ミリシーベルト以下では、人体への影響が認められないと結論づけています。
国際放射線防護委員会(ICRP)は、大事をとって5年間で100ミリシーベルトとしたうえで、さらに安全を担保するために年間20ミリシーベルトという明確な指針を出しています。つまり、突発的な事故の場合も、最大20ミリシーベルトまでは住むのに許容できるが、できるだけ早く1ミリシーベルトまで引き下げましょうというのが国際社会の基準です。
一方で私たちは自然界から年間2.5ミリシーベルト、レントゲンなどの医療行為で年間4ミリシーベルト、合計でだいたい一人平均年間6.5ミリシーベルトの放射線を浴びています。これらを踏まえ、それでもなぜ1ミリシーベルトの所を除染するのかを、冷静に考えていただきたいのです。1ミリシーベルト神話によって、不安だからと働き手が地元に戻らず、会社の事業再開が困難になっている事例も少なくありません。これでは、ふるさと再生がなかなか進みません。ふるさとを再建し、そこで働いて子育てをするためにも放射線に対する正しい知識を広げていかなければならないと痛感します。
今回の原発事故をどう乗り越えるかは、日本の未来に大きく関わってくることです。きちんと認識しておきたいのは、東京電力福島第1原発事故は津波で全電源が喪失し、冷却不能になって起きたのであり、地震によって原子炉が破損したためではないということです。日本の原発は巨大地震には耐えたのです。日本はそれだけの高い技術力を持っており、これを人類の未来のために生かすべきでしょう。科学に背を向けずもっと信頼することが大事です。
知的水準が高い日本でなぜ、放射能や放射線など、目に見えないことになると心を閉ざしてしまうのでしょうか。目に見えないからこそ、もっとその真実に近づけるように心を開き、幅広い情報から学んでいきたいものです。科学的に合理的に問題点を見つめたいものです。エネルギー問題から私たちが学ぶべきことの一つは、科学の心を育てることだと思います。
櫻井よしこ(さくらい・よしこ)
ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長。ハワイ大歴史学部卒。アジア新聞財団「DEPTH NEWS」記者、東京支局長、日本テレビのニュースキャスターを経て2007年、シンクタンクの国家基本問題研究所設立。インターネット生放送番組「櫻LIVE」を毎週金曜日夜9時放送中。
パネルディスカッション

――それでは「日本のために今~エネルギーを考える~」をテーマに討議を始めたいと思います。最初に現在の活動内容などをそれぞれご説明ください。
吉崎 私は商社のエコノミストとして、さまざまな所に出向いて多くの人の話を聞くことを心がけています。原発はこれまで5カ所を見学しましたが、実際に現場を訪れると、いろいろなことが見えてくるように思えます。
伊藤 地域活性化の原動力となるのは、やはり経済です。そして、それを支えるのがエネルギーですから、エネルギー問題というのは非常に重要なことだと思います。私が生まれた新潟県には、東電の柏崎刈羽原子力発電所があり、首都圏に電力供給しています。この事実は意外と知られておらず、エネルギー問題に興味を持つきっかけとなりました。
中川 東大付属病院でがんの放射線治療を行っております。鼻の奥のがん治療では、7万ミリシーベルトという大量の放射線を照射することもありますけど、30年間やってきて鼻血が出たことは一度もありません。ですから福島県の住民から鼻血が出たという話には非常に違和感を覚えます。
――放射線と鼻血が出ることには因果関係がないということですか。
中川 そうです。そもそも国連の科学委員会は、福島ではがん患者が増えないとしています。それは被(ひ)曝(ばく)量が少ないからなのです。また、小児甲状腺がん患者の増加を心配する声もありますが、これも大きな誤解です。震災当時18歳以下だった全ての福島の子供さんに非常に綿密な検査をしておりますけど、実は自然に甲状腺がんを持っているお子さんは決して珍しくないのです。自然発生の甲状腺がんを発見しているというわけです。
――先ほど吉崎さんが話された、原発を訪ねると見えてくるものとは、具体的にどういうことなのでしょう。
吉崎 原発を訪れて強く感じるのは、原発を動かしているのは人だということです。どういうことかといえば、私たちが行う原発論議では、つい設備であるハードウエアに目を向けがちです。しかし、そうではなくて、原発の運転ではそこで働く人たちの士気とか経験とか緊張感とかが極めて重要なのです。このことを忘れてはいけないでしょう。
――ハードに加えソフトも大事という指摘でしたが、その原発は長期停止の影響が広がっています。そのあたりはどう見ますか。
吉崎 電力会社のバランスシートは悪化しており、民間企業としての経営基盤が不安定になっています。気になるのは発送電分離といった電力供給をめぐる自由化の流れが、本当に好結果をもたらすのかということです。かつて日本は不良債権問題がある中で金融自由化を断行し、金融不安で大変な目に遭いました。同じ轍(てつ)を踏まないかと気になるのです。
――電気料金の引き上げの影響も家計に重くのしかかっています。
伊藤 現代生活は電気なしでは考えられませんから、影響は甚大です。でも中小企業への影響はもっと大きく、例えば3割も電気料金が引き上げられたら、もう死活問題です。となると地域の雇用も停滞し、今後の活性化のカギを握る地域再生にも影響が及ぶことになるでしょう。また、農業や漁業といった第1次産業は、この問題に加えて気候変動による収穫減などのリスクも抱えていますから、より大変です。
――日本は化石燃料の使用が増え、二酸化炭素(CO
2)排出量も増加しています。伊藤さんも一部触れましたが、今の状態は何をもたらすと中川さんはお考えですか。
中川 地球温暖化が加速し、これまで考えられなかったような自然災害が発生し、多くの人命が失われるケースも珍しくありません。こうした気候変動がもたらす災害で尊い命が奪われても、何となく不可抗力だったと認めるような風潮があって、人命を守る立場の医者からすると気がかりなのです。地球温暖化は、先進国が豊かな生活を手に入れる過程で生じたものですから、先進国はより環境負荷が小さいエネルギー技術の開発に取り組むべきでしょう。
――ここからは日本のエネルギー政策のあり方について議論してみたいと思います。キーワードはやはり原発と再生可能エネルギーでしょうか。
吉崎 再生可能エネルギーは2つに分けて考えるべきだと思います。1つが水力と地熱とバイオマスで、これらはどんどん推進したらいいでしょう。もう1つの太陽光と風力発電は自然条件に左右される難点があります。これを積極推進したドイツに教訓とすべき事例があります。太陽光と風力発電が停止している間の補完用として、褐炭を使った火力発電所を運転しなければならず、逆にCO
2排出量が増えてしまったのです。
伊藤 確かに太陽光発電は日照に左右されるし、発電電力を受け入れる設備上の問題もあります。だから基幹電源にするのは、なかなか難しいというのが実情です。その点、安定的に発電できることでポテンシャルが高いのは地熱発電で、これからの大きな課題である地域再生にも寄与します。
――中川さんにお聞きしたいのですが、これだけ長い間、全ての原発が止まってしまうと、原子力を学ぶ若手人材の育成、技術の継承ということにも影響が及んできませんか。
中川 原子力や放射線分野の人材不足は、新たな問題として浮上してくる可能性が大きいですね。例えば原発の廃止措置を考えてみても、これにはさまざまな分野の研究者が関わらないと実現できないのです。東京大学をみても、工学部などで原子力を学ぶ学生が少なくなっているように感じます。廃炉にしても原子炉の新設にしても、基礎研究者がいて、専門技術者もいる、さらに現場作業員がいて、それを訓練する指導者もいるという専門家による一貫したラインを構築できていないと、なかなか難しいし、モチベーションにも関係してきます。原発の安全性を確保するうえからも人材育成への対策を早急に講じる必要があります。
――最後に日本がこれからも活力を維持するためには、エネルギーに関して、どういうかじ取りが求められそうですか。
吉崎 エネルギー政策は10年、20年、30年先を見据える必要性があります。今は原発の再稼働という重要課題を着実に実行する必要がありますが、これはゴールではなくてスタートにすぎないでしょう。長期的視点に立って日本のエネルギーについて真(しん)摯(し)に考えることが、今こそ求められているといえます。
伊藤 国産エネルギーは実質的に何一つないのが、今の日本の現状です。したがって多様な電源を効率よく利用する研究を推進することが急務です。完璧な電源はありません。それぞれ一長一短ですから、そのリスクをどう最小化するかが問われます。
中川 福島県民の避難生活が4年もの長期になると、避難ではなくて、もはや「移住」です。そこには以前のようなコミュニティーがありませんから、外出も減り、糖尿病も増えて、がん患者も増やしてしまう。この福島での経験を通して、人の生命を守るリスク管理は、どうあるべきかを改めて考えてもらえたらと思います。

中川恵一(なかがわ・けいいち)
東京大学付属病院放射線科准教授。東大医学部卒業後、スイスのPaul Scherrer研究所客員研究員などを経て現職。厚生労働省がん対策推進協議会委員や文部科学省のがん教育に関する検討委員会委員なども歴任。

吉崎達彦(よしざき・たつひこ)
双日総合研究所チーフエコノミスト。一橋大卒。1984年に日商岩井(現双日)入社、広報誌「トレードピア」編集長、米国ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書、調査役などを経て現職。2013年に正論新風賞受賞。

伊藤聡子(いとう・さとこ)
フリーキャスター、事業創造大学院大客員教授。大学在学中からテレビリポーター、キャスターとして活躍。現在は報道情報番組のコメンテーターなどを務める。地域活性化の取材に力を入れている。