
安定した暮らし
選択迫られる時
東日本大震災からやがて3年が経(た)とうとする中、これからの日本のために私たちはさまざまな選択を迫られています。特に経済、生活の根幹となるエネルギーの問題は、多くの課題を抱え重要なテーマです。私たちの安心で安定した暮らしを見据えた議論が、今求められています。2月から産経新聞社は、「日本のために今 ~エネルギーを考える~」と題したキャンペーンを展開いたします。この中では、フジサンケイグループの各メディアと連携して立体的な議論の基軸を発信していく予定です。今回は本キャンペーンのサポートをしてもらう7人の有識者にメッセージをいただきました。
有識者に聞く
櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)

払拭すべき原発への誤解
日本が新しい再生可能エネルギーの開発で先頭に立つべきことはいうまでもありません。しかし現段階では、国の経営を考えても、基礎的なエネルギーとしての原子力発電は必要です。
福島の事故が起きたことは本当に不幸なことでした。あの事故を厳しく検証することこそ、日本の原発の安全性を高めるのに必要です。事故は津波に対する備えが不十分で電源をすべて失ったことが原因でした。なぜ電源が喪失し、事故が起きてしまったのか。しっかり検証し、安全性の向上につなげることこそ、世界の人々の幸福に役立ちます。
日本が原発を使い続けていくためには、原発に関してのさまざまな誤解や必要以上の恐れを解決しなければなりません。放射能への恐れがあれば、放射能についての正しい知識を伝えていかなければなりません。例えば医療をはじめ、日常生活のいろいろなところで放射線が使われています。自然放射線量も日本では年間2・5ミリシーベルトあります。従って、冷静に考えれば、1ミリシーベルト以上のところを除染することの無意味さがわかります。そういうことを積極的に広報していく必要があると思います。放射能は決して軽く見てはいけません。同時に恐れすぎても駄目です。放射能の実態をきちんと見て正しく伝えることが、原発の安全文化の基本になると考えます。原発は発電時に二酸化炭素(CO2)を出さない環境を守るエネルギーです。日本はついこの間まで原発の比率を高め、CO2排出を25%削減するといってきました。にもかかわらず、世界が原発を推進するなかで、日本は原発をゼロにすべきだとの声があります。それは現実的に可能なのか。一度冷静になって、地球全体に目配りしつつ考えるべきです。
原発が止まり、すでに電気料金が2割から3割上がっています。現在の値上げ幅は原発再稼働を前提に小さくしており、再稼働できない場合さらなる値上げが必要です。原発に関して、「大企業や電力会社がもうけているだけ」「私たちには関係ない」と考える人がいるかもしれません。しかし、再値上げの場合、中小企業は圧迫され、日本からものづくりは消えていき、家族が働く職場がなくなる可能性があります。そうなったら遅すぎるのです。
与謝野馨氏(元衆議院議員)

理性と科学を高めることが責任
人は簡単に「自分は反原発です」と言います。別の人は「原発がなければ何もかもはじまらない」といいます。どのように考えたらよいのでしょうか。我々の世代は、電気はスイッチをひねればむこうからやってくると信じています。また、多くの人は電気が短時間停電した経験は持っていても、相当の時間、電気がこなくなると、とんでもなくこわいことがいっぱい起きることは震災まで知りませんでした。反原発という人はインテリ層に比較的多いが、その人達すら、電気が少しでもこなかったら、理屈抜きで怒りまくるでしょう。思考停止の状態で怒りまくる。原発を論じる人には、すこしはエネルギーと経済の原則を知っていてほしいと思います。
1、経済発展にはかならずエネルギーが必要。(先進国も発展途上国も同じ)
2、日本は資源にめぐまれていない。ほとんど対外依存だ。
3、エネルギー保存則という原理があって、なにもないところからエネルギーはかきでてこない。再生可能なエネルギーという言葉は誤解を与える。エネルギーは使えば、散らばってしまうか、力に変わってしまう。
いま日本に必要なのは、科学や人間の理性を信じ、熱狂はさけて、静かに原子力の将来を論じることです。
放射能は長時間あたっていると人間の体の健康に被害を及ぼす。それは皆が知っています。ただし、国民は放射線を浴びるということが非日常的なものと思っておられるが、毎日のように人間は大地からも天からも放射線を浴びています。もちろん電子機器からもです。とくに今のように医学が進んでくると放射線は診断にも治療にもあたりまえのように使われています。
そんな普通に使われているものに対して「恐いぞ・恐いぞ」とアジるのは良くありません。冷静な科学的態度で原子力に向き合うことが大事です。
人間の理性は原子核を操作し、エネルギーをとりだしました。私は人間の理性と科学が原子力を人間のコントロールの下におき、平和利用を通じて未来の人類の繁栄に役立てていくと信じています。理性と科学を高めることこそ将来への最大の責任です。日本人はその責任から逃げてはいけないと思います。
西部邁氏(評論家)

新技術に伴う「危険と危機」
原発をやめるかどうか目先の視点での議論が多いけど、私はまず文明論的な視野をもって考えるべきと言いたいですね。原発といえどもテクノロジーの一つにすぎない。その点では自動車とか家電、医療技術と同じです。新しいテクノロジーが登場するとそれには必ず危険が、ということより予測不能の危機が伴うことを、みんな忘れていると言いたい。自動車の死亡事故は自分は家にこもっているから大丈夫と言っても、社会全体をみればだれかが事故の犠牲になっています。
こう言うと、原発事故で被爆すると体内の子供に影響すると不安を訴えるお母さんたちがいますね。確かに遺伝子への影響という問題は可能性として出てくるでしょう。そういう人はエゴイストですね。交通事故など社会全体のリスクをなくそうとは言わず、「放射線だけが特殊」と槍玉に挙げるのですから。チェルノブイリでは政府の警告がなかったため母親らが大量の放射性ヨウ素が含まれたミルクを飲ませましたが、その教訓を踏まえて福島ではそういう事態にはならなかったことも知るべきです。
脱原発を主張する人は核廃棄物を捨てる場所がなくなるからという論理を掲げる人もいます。ならば、火力発電から出る二酸化炭素(CO2)はどうなのか。空中で堆積して地球温暖化の要因になっている可能性があるのにこの問題に言及する人は少ない。火力発電もテクノロジーの一つですから、そうしたリスクがあります。
日本はいまIT偏重主義の弊害からか、技術は100パーセントのものでなければならないとの風潮があります。これも間違いです。哲学の世界にはファリビリズム(可謬(かびゅう)主義)という、知識についてのあらゆる主張は誤り得るとの考えがあります。文明やテクノロジーにもこれは当てはまるというのが私の持論です。
原発支持派は「より安全で豊かな生活ができる」と言い、反対派は「危険であり有害」と主張します。物事はそれほど単純ではなく、原発は世界の情勢とも連動している微妙な側面もあります。原発から即座に撤退すべきとの主張には簡単に飛びつかず、慎重にすべきだと思います。
田中伸男氏(日本エネルギー経済研究所特別顧問)

原子力は準国産エネルギー
資源の少ない日本は多様なエネルギー源を確保しなければなりません。
原発が停止している現在は95%ですが、再稼働したとしても化石燃料への依存率は2035年でも75%と高い水準のままです。中国、インドがエネルギー需要を拡大させ、中東や東南アジアなども国内の経済成長で輸出余力が低下します。どこから資源を安定的に確保し、安全に輸送するかが非常に重要です。
短期的視点からは中東危機への懸念が大きい。ホルムズ海峡は世界の原油消費の2割、日本の輸入量の85%が通過し、備蓄量の少ない液化天然ガス(LNG)も2割に及びます。原発が止まった状態で電力需要が逼迫し、老朽化が進む火力発電は故障のリスクが高い。原油価格が2倍になれば日本の経常収支は大幅な赤字に転落し、中東の一国にLNGを依存している電力会社の地域はすぐ計画停電となってしまいます。
中国や欧州連合(EU)諸国ではパイプラインによる石油や天然ガスの輸送、電力供給のグリッド構築構想などの政策が展開され、世界でエネルギーの集団的安全保障の体制づくりが進められています。日本がロシアからガスを買うにしてもパイプライン敷設を検討するなど今すぐ考えるべき事柄はいくつもあります。
原子力は準国産エネルギーです。原子力の平和利用、核の不拡散という観点からも日本の果たすべき役割は大きく、日本が原子力技術を持ち続けることに米国は大きな期待を寄せ、途上国も日本の技術に強い関心があります。原発を持つことで石油やガスなどの価格交渉も有利に進められます。日本で開発できる可能性が高い水素輸送貯蔵技術も非常に有望で、メタンハイドレートの実用化をはじめ技術革新による発展の可能性は大きく広がっています。
市川眞一氏(クレディ・スイス証券 チーフ・マーケット・ストラテジスト)

他国にも増して厳しい新基準を
原発のある地域の住民や関係者の生の声を聞こうと、昨年夏から折を見て国内50基への〝行脚〟を始めました。これまで5カ所訪れ、3月までにさらに3カ所回る予定にしています。
柏崎刈羽原発(新潟県)を訪れた時は、新基準による原発の安全審査の申請について泉田裕彦知事が拒否していたころ(後に承認)でしたが、複数の地元住民から「使用済み核燃料が貯蔵されているという事実が厳然とある中、安全審査まで受けさせないというのは逆に危険なのではないか。再稼働するかどうかとは別の問題だ」との声を聞きました。実際に施設が身近にある住民にとっては、世界的にも厳しい新基準による審査を受け、改善すべきところは改善し安全性を高めてもらいたいとの率直な気持ちだったのでしょう。
原発を考える上で、導入するに至った歴史的経緯、国際情勢から見た必要性の有無など大局的な視点を忘れてはなりません。
第4次中東戦争(1973年)が起こり、日本では石油ショックで激しいインフレが起きるなど国民の生活を直撃しました。そうした事情から日本は原発を立地することなったわけで、石油資源がなく、国際的な原油価格高騰のリスクにさらされているという点では当時も今も何ら変わっていません。
現在起こっているシェールガス革命により、埋蔵量豊富な米国は、中東からの原油輸入を今後縮小していく可能性があります。当然、海上輸送路を含めたこの地域の軍事的関与も低下させていくことになります。一方、経済発展で大量のエネルギー確保を迫られる中国はその逆の道を取るでしょう。
中国の軍事的関与が高まっていく地域は日本の原油輸入の海上輸送路と重なることは自明で、日本のタンカーが〝嫌がらせ〟を受けるリスクも出てきます。その時、石油だけでなく国内には原発もあるのだという安心感があれば、そういったことに対して毅然とした態度を取ることができます。原発の必要性を冷静に考え、事故を教訓として、他国にも増して厳しい新基準によって安全性をより高めることでバランスのよい電源供給に努めてほしいと思います。
奈良林直氏(北海道大学大学院工学研究院教授)

「第2のウクライナ」大きな懸念
アベノミクスで、経済は上向きになっていますが、毎年数兆円もの日本の富が海外に流出し続けることは、実体経済としてアベノミクスの足を引っ張ることになります。アメリカのオバマ大統領が軍事費も含めて節約して、やっと10兆円を生み出しました。日本は原発を急に停止したために、毎年数兆円というお金を石油や天然ガスを買うためだけに支払い、これを10年続けたら数十兆円になります。このままいったら経済破綻します。
このお金は、全て国民にツケが回り、電気代で国民が払わなくてはなりません。電力会社は高い燃料代のため、電気料金を値上げせざるを得ません。シェールガスがあると言っても、アメリカに液化天然ガス(LNG)をつくる工場、LNGタンカー、日本での受け入れ基地も作らなければなりません。それをやったとしても海外にお金を払うことに変わりはないのです。
いま世界人口は約70億人ですが、 2050年には約100億人になるといわれています。世界中で繰り広げられているエネルギーの争奪戦に日本は勝ち残れるのか。原子力を簡単に手放してしまえば、国家の危機が生まれるのです。
チェルノブイリの事故後、ウクライナは「脱原発」に舵を切りましたが、停電が日常茶飯事、約3年間で国内経済はガタガタになり、失業者が増加、病死や自殺で命を失う人も大勢出ました。ロシアへの天然ガスの代金すらも支払えなくなりました。そのため、安全性を高めた原発の活用に政策の方針転換を図ったのです。いま、日本が「第2のウクライナ」になりかねないと、大変な危惧の念を抱いています。安全性を高めた原発は厳格な審査の上、再稼働すべきです。
西本由美子氏(NPO法人ハッピーロードネット理事長)

原発問題を深刻化しすぎる悲劇
東日本大震災から2年11カ月の歳月が流れようとしています。福島県浜通りの原発周辺地域の住民は、今なお避難生活を余儀なくされ、故郷への帰還は時間の経過と共に厳しさを増すばかりです。全国各地にバラバラとなった避難者にとって、状況は様々ですが、この浜通りがいつまでも故郷であることは変わりません。
そうした中で、さまざまなご縁からチェルノブイリ原発事故後のウクライナを訪れる機会を得ました。チェルノブイリ事故の影響を研究しているセルゲイ・ミールヌイ氏の講話では、福島原発事故の規模はチェルノブイリの数千分の1で被害はローカルな影響だが、放射能の知識が乏しいために過剰な反応を呼び、精神的な被害という健康被害を生んでいるとお聞きしました。
ウクライナを訪れて理解できたことが3つあります。まずチェルノブイリ事故と福島の原発事故を比較すると、福島の事故の影響は極めて小さいということ。福島原発事故では、メディアを含め個人に至るまで、より専門的な知見からの正確な情報が広がる前に誤った知識が広まってしまったこと。そして問題をより深刻に捉え、精神的に追い詰めていることが一番の悲劇だということです。そして私たちは、放射線に対する正しい知識を持たなければならないということ、正しい知識を持っていれば私たちの故郷はいずれ安心して住めるようになるということを学びました。
日本の再生には、福島の復興が必要です。国道6号や県道に苗木を植え、2万本の桜を咲かせる「ふくしま浜街道・桜プロジェクト」をスタートさせました。子供たちが家族とともに幸せに暮らせる桜の街をぜひ実現したいと思います。