

原子力利用での安全確保を担う原子力規制委員会(NRA)が発足して、約2年半が経過した。3条委員会として独立性が保証されているが、組織のあり方や原発の再稼働に向けた安全審査などをめぐっては、さまざまな意見がある。東京電力福島第1原子力発電所事故を経験した日本の原発とその安全規制はどうあるべきなのか、21世紀政策研究所の澤昭裕研究主幹と、弁護士で日本環境協会の森嶌昭夫理事長に話し合ってもらった (司会・長辻象平産経新聞論説委員)
――まずこれまでの規制委の活動への評価を聞かせてください。とくに米国のNRC(米原子力規制委員会)と比べるとどうでしょう
澤 日本と米国では行政組織や政府の成り立ちが全然違うので、そもそもまねてつくっても機能しないことが多いのです。とくにNRCはスリーマイル島原発事故以来、長い年月をかけて築き上げてきた歴史がありますけど、日本の規制委の場合、残念ながら急造だったし、多くの規制基準も急いで作らなければならなかった事情があります。NRCに学ぶとすれば、哲学とか活動の原則とか根本論の部分をきちんと構築するということでしょう。
――活動の原則ということでは、規制委に属して発電所敷地内の破砕帯調査に携わる有識者会合の法的根拠が明確でないという指摘もあります。
手続き論軽視の弊害
森嶌 最初に組織の違いを明確にする必要があります。これまでの原子力安全にかかわる委員会は諮問委員会でした。資源エネルギー庁などに答申し、責任を取るのは資源エネルギー庁や原子力安全・保安院だったわけです。これに対し規制委は、公正取引委員会などと同じように、国家行政組織法3条に基づく「3条委員会」としての行政組織のため、行政処分権限もあるし、各種の規制権限もあるのです。したがって規制委が行うすべての活動は法律にのっとったものでなくてはならない。ところが有識者会合は、それが曖昧なことは否めません。意見や発言したことに有識者それぞれがどう責任を負うのか、有識者会合の指摘や提言に規制委はどこまで拘束されるのかといったことが不明確なまま、今にいたっているわけです。
澤 規制委ができたとき、規制基準を決めるのを優先した結果、何をどういうプロセスでどのタイミングで実行するかということを後回しにしてしまった。その結果、平成25年にできた新しい規制基準審査プロセスは、どのように検討されたのか定かではない田中俊一委員長の見解(田中私案)を、曖昧な手続きで正式なものにしてしまったものです。行政組織としてもっとも重要な手続き論を軽視したため、その後の審査プロセスの事前予見性が失われてしまいました。また、有識者会合についての結論の取り扱いをどうするかについての規制委の判断も揺れています。規制委がその取り扱いについて最終的な判断を行う際には、技術面のみならず法的な基礎についての合理性も示すことが必要でしょう。原子炉安全専門審査会や核燃料安全専門審査会といったきちんと法律上の位置付けのある組織を活用せず、非公式なブレーン的な集まりを行政処分の判断基準になるような形で扱ってしまっているのは、非常に不透明と言わざるを得ません。
やるべきは行政判断
――有識者が破砕帯が活断層かを見極めるため、原発敷地内に巨大なトレンチを掘らせたこともありました。
澤 私が訴えたいのは、お互いに科学的な審査とか科学的な判断とか「科学的」という言い方はやめてほしいということです。自分たちに有利でなくなると「科学的でない」と言い合う傾向がうかがえます。繰り返しますが、規制委は科学的な委員会や学会ではなく行政委員会であり、行政判断をする国の機関なのです。委員に科学者の方がいたにしても、やるべきことは行政判断なのです。「科学的」な評価は不確実性の範囲を定めることであり、行政判断は、その不確実性の幅の中のどこかの点を判断の基礎として行政処分を行うということです。科学的な評価が不確実だからといって行政判断から逃げることは許されません。
森嶌 確かに規制する側と事業者側によるこの種の対立では、自分たちが納得できないと科学的に説明しろと要求しがちです。十分な科学的データや知見のないところで、自分の価値判断をサイエンスと主張すると議論の本質がずれてきます。規制委は、規制が必要な「根拠」を示して論点整理をし、事業者に資料提出などの対応を求めるべきなのです。
経過措置など配慮必要
――既存の原発に新安全基準を適用するバックフィット規制については、どうごらんになりますか。まず森嶌さん、法学者の立場からどうでしょう。
森嶌 本来、法律の遡(そ)及(きゅう)適用は社会の予測可能性を奪うので、やってはいけないことになっています。ただ、原発の場合は、安全性に関わることですし、原発事故が起きると社会に及ぼす影響が大きいので、認められないわけではありません。しかし、一般論で言えば対象を制限するとか経過措置を設けるとか、何らかの配慮が必要になります。かつて消防法の改正でも経過措置を設けました。今回の場合、すべてに遡及適用するという合理的根拠を見いだすことができません。
澤 例えば「活断層」の上に重要施設があったら、工学的な対策をどのように取ろうとも原子炉施設の使用停止を命じることができるとしている規定の例があります。これは規制委が発足して1年ぐらいのときに、専門家による議論を広く受け付けないまま委員会の内規として設けたものです。もともとその施設を許可した際には、その時点での活断層の定義に当てはまるものがないことが確認されて許可されていたのに、その定義が変更されたがゆえに今では認められないとされる懸念があります。そのようなバックフィットの考え方は、極めて慎重に適用していかなければなりません。原子炉施設が新たに予想される揺れなどにどれくらい耐えられるかを検証するバックチェックを行い、耐えられそうにない部分について工学的対応としてどのようなオプションがあり、どの程度の時間をかけるのか、また稼働させながらバックフィットしていくことが可能かどうかを検討するという手順を踏むべきなのです。
――だから3年で組織を見直す条項が設けられていると思うのですが…
澤 この見直しは、規制委を内閣府と環境省のいずれに付けるかを決めた際、3年後にこれを改めて検討しましょうということなのです。しかし、単なる組織論の議論ではなく、ぜひ規制活動の原則をどのようなものとするか、規制要求と事業者の自主的な取り組みはどのように並立させるべきなのか、リスク評価を規制体系にどう埋め込んでいくかなど内実のある議論に踏み込んでほしいですね。
森嶌 規制委を独立性の高い3条委員会にしたことですけど、民主党が政権を握っていたあの当時は、医薬品安全規制でも3条委員会を作るとか、いろんな3条委員会待望論というのがあったのは事実です。だから、3条委員会になった以上、独立の行政機関としての自覚と責任感を持たなければならないと思います。
経済的損失を無視
――もう一つの大きなテーマとして、原発を40年で廃炉にしなければならない問題があります。廃炉問題にはどういう見方をしておられますか。
澤 そもそも40年という運転制限期間の合理性の問題があります。運転制限期間に関しては、原子力規制委が発足して以降、もう一度議論することになっていたのですが、今に至るまで何も行われていません。これは行政の怠慢というか、規制委の重大な不作為だと思います。
森嶌 私もおかしな話だと思いますね。原発を設置する最初の段階で、稼働期間は最長40年ですよと取り決めがあるならともかくとして、あるとき突然、40年でおしまいにしますと言っているのと同じですからね。これは既得権の侵害と判断されても仕方のない事例です。通常、こういう行政判断をするには、確たる根拠を示さなければなりません。廃炉の決定過程では、事業者が負うべき経済的損失を無視して理念論に走りすぎたのかもしれません。さらに、40年廃炉の決定は、日本の二酸化炭素(CO2)排出量にもかかわってきます。今回の決定を見ると、他の懸案事項とバランスを取って調整し、解決していくという政策決定の基本的機能が失われつつあるように感じます。
――今の原子力規制に、いかに問題が多いかが分かりました。また、こうした事実を繰り返し発信することの大切さも痛感しました。本日は誠にありがとうございました。

澤昭裕(さわ・あきひろ)
21世紀政策研究所研究主幹。一橋大学経済学部卒業。通産省(現経済産業省)入省。産業技術環境局環境政策課長、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て平成19年から現職。NPO法人(特定非営利活動法人)国際環境経済研究所所長も務める。

森嶌昭夫(もりしま・あきお)
日本環境協会理事長、名古屋大学名誉教授、弁護士。東京大学法学部卒。名古屋大学教授、名古屋大学法学部長、上智大学教授、地球環境戦略研究機関理事長などを歴任。