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新聞大会でイチロー氏講演 高校球児の指導も「近いうちに見られる」

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第73回新聞大会で講演するイチローさん=26日午後、神戸市中央区のポートピアホール(南雲都撮影) 1/1枚  第73回新聞大会(日本新聞協会主催)が26日、神戸市内のホテルで開かれ、プロ野球と米大リーグで通算4367安打を放ったイチロー氏(47)が「スポーツが持つチカラ」と題して記念講演を行った。公の場に登場するのは昨年3月の引退会見以来。フジテレビの三田友梨佳アナウンサー(33)と対談するかたちで進められた。

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 現役時代、番記者との関わり方について「お互いに厳しく、高められる関係が理想」としていたイチロー氏。報道関係者を前に講演する心境を「いや~な緊張感がある」と説明し、笑いをとった。ブレークした1994年のシーズン。「何かの記録が途絶えてどんな気持ちかと聞かれた。本音を話したのに『本音はオブラートに包んだ』と書かれ、こうやってはめられていくんだなと感じた」と当時の思いを語った。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、3月終わりに日本に帰国。現役時代よりもつらいトレーニングに取り組んでいる。投手の練習の結果、「47歳にして球が速くなり、重くなりました」と驚きの告白も。

 真夏に飲酒した後、皇居をランニングした翌日、脱水症状を経験したことを明かし「ものすごい量の汗が出て、指が固まりだした」。2014年、ヤンキースでプレーしていたときにも同じような症状を体験。日本から医師を呼んで治療したがなかなか回復せず、チームからはMRI検査を迫られた。「何かが分かるので、閉所恐怖症だからと断った。5日目で回復したが、もしかしたら自分の現役はその年限りだったかも」と話した。

 昨春、東京ドームで行われた引退試合で、日本のファンが別れを惜しんでくれた姿はいまでもよく思い返す。「あれがあるから未練が全くない。あの瞬間に支えられている」とした。その上で、引退が今年だったらどうだったかを考える。「コロナで試合ができない中、オンラインで『引退します』と言わねばならなかった。(試合ができても)無観客では、自分はプレーできなかった」という。

 話は発生から25年の節目を迎えた阪神大震災へ。発生時は神戸市西区の寮で寝ていた。「まずドーンといった。何かが寮に突っ込んだと思った」。寮の食堂に集まり、各選手らと連絡をとって安否が確かめられた。「一人だけ連絡がとれない人がいた。オリックスの中嶋監督。やっと連絡がとれたら『家にいて寝てた』。中嶋さんは大物だと思いました」と笑った。

 2月に学生野球の資格が回復し、高校野球の指導ができるようになった。「高校野球はめちゃめちゃ面白い。大リーグの試合は、どこまで飛ばせるかといったコンテストになっていて、どうやって点を取るかには見えない。でも、高校野球にはそれがある」と関心の高さを披露。トレーニングを続けている要因の一つが、高校球児といっしょに体を動かすためとした上で「そういうアプローチは面白い。これまでも人ができないことにチャレンジしてきた。(学生を)指導する姿は(近いうちに)見られると思います」と球界への恩返しを誓っていた。

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