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【虎のソナタ】「さわやかさ」とはかけ離れているけれど…17人の2軍戦、成長のチャンス

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産経新聞

1974年選抜で準決勝を勝った池田高ナインは校歌を斉唱する。11人しかおらず「さわやかイレブン」と呼ばれた 1/1枚  --「さわやかイレブン」って知ってるか?

<< 下に続く >>

 ナゴヤ球場にいるトラ番・菊地峻太朗に尋ねてみた。

 「えっ? えっ? 分かりません」

 --じゃあ、「二十四の瞳」は?

 「あぁ、壷井栄の名作ですよね?」

 そうじゃない。いや、正解なんだけれど、野球の世界では、違うんだよなぁ。

 今、菊地記者の目の前の光景が、まさに「さわやかイレブン」であり「二十四の瞳」と呼ばれた“あのシーン”と似ているわけで。高校野球ファンならお分かりですよね?!

 午前のわがサンスポトラ番連絡網。「阪神2軍戦ですが、球場にいるベンチ入りメンバーは…」とナゴヤ球場にいるタテジマ戦士の名前を菊地が列記していた。

 すると、東京都内にいる司令塔役の役のサブキャップ・安藤理が「やっぱり少ないなぁ」とつぶやく。総勢17人しかいないのだから、当然だ。

 「試合が始まると、改めて、メチャクチャ少ないと感じますね。守備の時は、控え野手は2人しかいませんから。こんなの、初めて見ました」

 ということで、珍事にビックリ仰天の菊地記者に説明した。昭和の時代の高校野球の出来事を。

 「さわやかイレブン」とは1974年選抜で準優勝した池田高(徳島)のこと。名将・蔦文也監督に率いられたチームは、何と部員全員で11人しかいなかった。9人が守って、控えの2人が投球練習を開始したら、甲子園のベンチに選手はゼロだった。

 11人だからイレブン。当時ベンチ入りは14人の時代。それでも決勝まで駆け上がった。

 その3年後の選抜。中村高(高知)も部員はわずか12人。山沖之彦(後に阪急、阪神)というエースはいたが、チーム一丸、こちらも決勝まで勝ち進み、惜しくも準優勝。12人だから「二十四の瞳」旋風と呼ばれる。

 どちらも、少ない人数で頑張る姿は「判官びいき」の日本人の心を打った。とにかく「さわやか」。圧倒的なファンの声援を受けたものだ。

 時は流れて、令和のタイガース2軍。応援してあげたいが、少数になった理由が何ともシマらない。こんな時代だから、新型コロナの感染は仕方ないんだけれど、ルール違反の8人で飲みに行ったことが判明したとか、それ以外にもいろいろ聞こえてくる。そこに「さわやかさ」はカケラもない。カッコ悪いだけ。

 ただ、平田2軍監督が言うように「残った選手はこれがチャンス」。いつの日か、「コロナ蔓延大量入れ替えでチャンスをもらって、急成長した」と“形容”してもらえる選手になれば、それはカッコいい。

 神宮球場ではサブキャップ安藤が懸命に「きのうまでいた選手がいるかどうか」をチェック中。

 「こんなこと、したくないんですが、きのうの今日でしょ。感染が広がっていないか、確認することが一番大事な任務になってます。一瞬、今日の先発は誰だった? という感じになってます」

 安藤の“点呼”の結果、消えた選手はゼロ。とりあえず、新たな感染拡大はなかったのでホッ。いろいろ起きるが、試合が行われていることに安堵するしかない。そう、いろいろ起きる。藤浪のリリーフなんて滅多に見られないんだから。

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