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有名企業も“参戦”天下分け目の「関ヶ原2020」が大盛り上がり 「すごい、三成迎えにホントにMKタクシーきた!!」

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関ヶ原合戦時の石田三成陣跡=岐阜県関ヶ原町 1/1枚  東西あわせて10万人以上の兵力が激突した天下分け目の関ヶ原の戦いから420年の時を経て、ツイッターでは15日、「関ヶ原2020」がトレンドで急上昇。慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)の合戦の様子を再現したかのようなツイートが殺到した。石田三成ら武将を名乗るアカウントの投稿が「ちゃんと史実通りの展開で関ヶ原合戦をしてるのほんとにわかりやすいし、入れ方が自然に入れてくるからマジですごいな」とネットユーザーに大ウケ。シャープやMKタクシーといった企業の公式アカウントも“参戦”し、ツイッターは大盛り上がりとなった。

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 開戦前夜の14日午後8時すぎ、西軍を率いる“石田三成”はツイッターで「先ほどリモート軍議が終わりました。赤坂に着陣した徳川方が、大垣城を無視して大坂城に出向くとの情報を入手。我らも夜中には大垣城を出て奴らを迎え撃つことに決しました」と報告。迎え撃つ場所として、中山道や伊勢街道に抜ける交通の要衝、関ヶ原の名を挙げ、決戦地を予想した。

 一夜明けた15日午前7時、徳川家康率いる東軍の布陣が終わり、いよいよ決戦。午前10時、“三成”は戦場で「三成、動きます」と宣言するも、総大将である毛利輝元はじめ西軍諸将の動きは鈍い様子。焦燥感にかられた“三成”は「なぜだ……!なぜ島津も毛利も長宗我部も小早川も皆々動かぬ!?!?!これがソーシャルディスタンスなのか!?!?!?」と嘆く。午前11時前には“小早川秀秋”が「西軍から東軍に寝返るぞ!」と本音を吐露。戦況は西軍にとって芳しくなく、三成と熱い友情で結ばれた“大谷吉継”(生きてるだけで褒めてくれる刑部bot)は午後0時半、「治部(三成)、楽しかったぞ。また会おう」と告げて最期を迎えた。

 同じころ、東軍諸将が参加する「team東軍」のライングループには、“小早川秀秋”から「この度 東軍勢に加わることになりました。よろしく」という投稿があった。これに“伊達政宗”が「小早川秀秋きたぁあああああああああああああああああああおあああああああああああああ」と絶叫ツイートする一幕も。

 くしくも、関ヶ原の戦いの日に誕生したというシャープ。ゆるすぎるツイートや面白いコメントで注目されてきた“中の人”は午前10時すぎ、「今年こそ、今年こそは西軍が勝つのでしょうか。実況は多くの戦国武将がツイッターで、解説は石田三成さんでお届けしております」と投稿。これにはフォロワーから「石田三成さんが解説してる暇あるのなら今年も負けますよwww」とすぐツッコミが入った。昼過ぎには「家康しか勝たん」と戦況を分析したが、シャープといえば大阪の堺市に本社がある西軍の“大藩”だけに、「貴様も東軍か…!!」と疑いの目を向けるユーザーも。

 “三成”は午後1時すぎ、「あくまで生きて、志を遂げる!!故に落ち延びて再起を図ろうと思います。最後の切り札……MKタクシーだ」と誓うと、MKタクシーが「殿、聞こえました…お迎えに参ります…!」と反応。しかし、そこは「狸親父」と呼ばれた徳川家康。黙ってみているわけもなく、“家康”(Ieyasu Tokugawa 山岡荘八先生版)は「もとより貴社車両は本日我が方貸し切りであるが、以下のもの見かけてもけしてのせぬよう。宜しくお頼み申します 御礼は江戸駿府より後日改めて」とMKタクシーを懐柔していた。

 午後1時40分、“三成”は「リモートでも心は繋げず、GO TO 東軍の続出を嘆いた一方、最後まで戦い抜いてくれた大谷刑部(吉継)に島左近、宇喜多様に小西殿…!」とツイート。一大決戦はわずか一日であっけなく終わった。“家康”は「【指名手配】この顔を見たら通報!!」と三成の肖像画を投稿。フォロワーからは早速、「その人タクシーで走り去りました!!」という目撃情報が寄せられた。

 令和の関ヶ原の戦いは武将のツイート合戦となり、時代を反映した情報戦の様相を呈した。ユーザーからは「気がついたら三成さん今年も負けてた」「また石田軍敗けたんか……」「すごい、三成迎えにホントにMKタクシーきた!!」といった反応が殺到。やはり歴史は変えられないようで、「今年もMKタクシーさんは三成公を連れて敗走か……」と残念そうなつぶやきも散見された。

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