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「何で壊しちゃうんだろね」「そのまま保存できないのか…」 旧原宿駅舎解体工事開始にあふれる惜別の声

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旧駅舎建物の外観を再現する建物イメージ図(JR東日本東京支社のプレスリリースから) 1/1枚  若者の街、東京・原宿を象徴する玄関口として長年親しまれたJR原宿駅旧駅舎の解体工事が24日に始まり、ネット上は「寂しくなるなぁ」「さようなら原宿駅」「おつかれさまでした」と駅舎をねぎらい、別れを惜しむ声であふれた。大正13(1924)年に完成。都内で現存する最も古い木造駅舎だった。時代の最先端を走った街を静かに見守ってきた瀟洒(しょうしゃ)な駅舎はついに見納めとなり、96年の歴史に幕が下ろされる。「何で壊しちゃうんだろね原宿駅 風情があって素敵なのになー」「嘆かわしいの」。ツイッターでやるせない気持ちを吐露する人も目立った。

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 原宿駅の旧駅舎といえば、三角屋根にある風見鶏が付いた尖塔(せんとう)。西洋風2階建ての骨組みを露出させた「ハーフティンバー」と呼ばれる建築様式は中世の欧州で流行したデザインといい、大正モダンの雰囲気を今に伝える。ツイッターには「三角屋根は無くなっちゃうの?」「三角屋根駅舎は現在のまま保存してほしい」「三角屋根は残せよなあ」「レトロな感じが良かったよね」といった声が相次ぎ、多くの人が旧駅舎のデザインに愛着を感じていたことをうかがわせた。

 先の戦争の空襲では焼夷(しょうい)弾が旧駅舎を直撃。しかし、奇跡的にすべて不発弾だったため全焼を免れたと伝わる。戦火を逃れた貴重な“生き証人”でもあるだけに、「歴史ある建物なので残念」「名残惜しですね、素人考えですが記念館的に移設出来ない物ですかね」「寂しい。。東京駅舎のようにそのまま保存できないのかなぁ…」「建物100年前のものってすごいな」と残念がる人も多かった。

 派手な衣装に身を包んで踊った「竹の子族」に「ローラー族」、そして今、世界から注目される“カワイイ文化”…。いつの時代も原宿は若者文化の情報発信地だった。「昔たくさんお世話になったな。代々木ライブは行きは原宿帰りは渋谷からみたいな流れだったし、竹下(通り)で遊ぶのしょっちゅうやったし、、。」「駅前いつも混んでたなぁ…」と思い出に浸る人も少なくなかった。

 JR東日本東京支社のニュースリリースによると、木造の旧駅舎は今後、外観を可能な限り再現した建物に建て替えられ、今年3月から供用が開始された新駅舎の隣に並ぶ。現在の新駅舎に対しては、「原宿駅を建て替える理由は充分に理解している積(つも)りだが、『それにしても、なんでこんな没個性な小ビルに代えた』という気持ちは消えない」といった声も。旧駅舎の建て替えについても、「『商業ビル+外観復元』、安っぽいアリバイ保存になりそうな、悪い予感しかしない」といった批判的なツイートがみられた。

 旧駅舎が法定の防火基準を満たしていなかったことも解体に至った理由だが、「なんでこうもあっさりと、破壊する事だけなのか?」「別のところに移設という手はなかったのかな。鉄道博物館とか」と訴える人や、「こんなもんどうにかなりそうなもんやけどなぁ。これが残せへんちゅうのは何かを象徴しとるわ。金だけじゃなくなんか余裕がなくなってる証拠やで。残念」と唇をかむ人が続出した。ただ、こうした厳しい見方が出るのも、それだけ旧駅舎が、地元住民だけでなく全国の多くの人に強い印象を与え、愛されてきたからなのだろう。

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