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シニアを襲う“仕事ロス”の恐怖…長い持ち時間をいかに豊かに使うか

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産経新聞

 【定年後の居場所】

 この1月に放送されたNHKテレビの「所さん! 大変ですよ」の番組ディレクターが大学の研究室に話を聞きに来た。番組のタイトルは、「シニアを襲う燃え尽き症候群“仕事ロス”の恐怖」だった。

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 冒頭では女性ばかりの和太鼓教室の中でただ一人太鼓をたたき続けるシニア男性Oさん(70)が登場する。彼が和太鼓教室に通っている理由をディレクターが聞くと、「現役の時は、余暇を楽しむ時間はなかったが、会社を辞めちゃうとヒマなんですよねぇ」という答えが返ってきた。彼は2年前に仕事を辞めてから時間を持て余しているという。スタジオにいたレギュラーの木村佳乃さんは、Oさんの姿を見て「まだまだ働けそう」という感想を述べていた。

 彼は、長年機械メーカーで働き、若い時はアラブ首長国連邦でプラントの設計を任されるなど、数多くの大型プロジェクトに携わってきた。当時はほとんど休日がなかったが「自分が燃えた時代だ」と語っていた。

 ディレクターが、彼の自宅を訪問すると、サラリーマン当時の思い出の品を今も捨てられないという。会社からの定年退職の感謝状、当時の仕事着でもあったスーツ、会社の部署が変わるたびに作成した名刺もすべて残している。彼は、サラリーマン当時に愛着があると言い、退職して何もすることがなくなって「“仕事ロス”になりました」と語っていた。

 自宅にいて、つい足を運ぶのは羽田空港行きのバスの停留所だ。現役の時には毎週のように乗っていたので懐かしさともに、バスの乗客を見ると羨ましくなるのだそうだ。スタジオに話が戻ると、やはり木村佳乃さんが、「祖父も仕事をやめて、“うつ”っぽくなっていた時期があった」と話していた。

 その後、ディレクターはゲームセンターに平日の昼間から多くのシニアが来ているという情報を得たので現場に足を運ぶ。そこでは、「ついつい毎日のように来てしまう」「携帯電話が鳴らなくなったのが寂しい」などの声を聞き、私の研究室にやってくるという流れだった。

 「なぜ“仕事ロス”になるシニアが増えているのですか?」というディレクターの質問に対して、私は「それは皆さんがお元気だからですよ」と答えた。戦後一貫して寿命が延び続けていて、まだまだ元気。定年後の自由時間は8万時間にもおよび、日本の歴史上こんなに多くの自由時間を持った時代はなかった。これらの長い持ち時間をいかに豊かに使うのか、楽しく過ごすかが求められていると指摘した。番組はその後引退を間近に控えたプロレスラーである獣神サンダー・ライガー選手に密着して、うまく現役を退く方法を模索していた。

 会社員がどのようにして“仕事ロス”にならずに長くなった寿命を充実して過ごすかは、バラエティー番組にも取り上げられるほど社会の大きなテーマになっている。それは、定年後の居場所をどのように探すかの本コラムのテーマと重なっているのである。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。19年2月に『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)、20年1月に『定年後のお金』(中公新書)を出版。

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