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震災26年 「夢で会いたい、もう一度…」6歳の娘失った加賀翠さん

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桜子さんの遺影を手に記者の取材に応じる加賀翠さん=15日、神戸市東灘区(須谷友郁撮影) 1/2枚  阪神大震災で亡くなった6歳の長女に改めて思いをつづった。せめて夢の中でくらい、ぷっくりとした丸顔をもう一度見せてほしい-。神戸市東灘区の日本舞踊師範、加賀翠さん(65)は震災から丸26年となる17日、同市中央区の東遊園地で開催される市主催の追悼行事に、遺族代表として出席する。新型コロナウイルスの感染拡大で式典の規模は縮小され、遺族代表のあいさつも中止に。それでも亡き娘を「今一度、近くに感じることができた」と前向きだ。(中井芳野)

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 「本当に優しい子。幼稚園で叱られている友達を見つけると、先生に『そんなに怒らないであげて』って」。加賀さんはアルバムをめくりながら、懐かしそうに目を細めた。にっこりと笑う桜子ちゃんの写真。「もし生きていたらどんな女性に成長していたかな」

 26年前、桜子ちゃんは全壊した自宅の下敷きになった。「じいちゃん、苦しい」とそばにいた祖父の幸夫さんに訴えたその言葉が最後になった。がれきの間から運び出された小さな体はあまりに弱々しかった。

 震災からまもなく、夢の中で再会できるようになった。大好きだったピンク色のスイートピーを手に走り回っていたり、台所で夕飯の支度をしていると、のぞき込んできたり。一緒に過ごした日々を追体験するように、まぶたの裏で場面が展開した。

 そんな中、一家が暮らしていた同市東灘区の森南地区は、震災復興の区画整理事業の対象に。加賀さんは街づくりの方向性をめぐって、市との交渉に奔走するようになった。

 悲しみも癒えぬまま、平成21年には支えになってくれていた幸夫さんも、がんにより75歳でこの世を去った。加賀さんは家族を背負い、仕事に家事に、ますます追われるようになった。

 あわただしい日々の中で、いつしか桜子ちゃんと夢で会うことも少なくなった。「どうして顔を見せてくれないの」。10年前からはもう、あの笑顔と夢で対面することもかなわなくなったという。

 今回、遺族代表として追悼の言葉をしたためる中で「これまでにないくらい26年前を思い出し、桜子のことを考えた」と加賀さん。コロナ禍での異例の追悼となるが「犠牲者の冥福を祈る気持ちは変わらない。大変な状況だからこそ、桜子や亡くなられた方には、私たちを見守ってもらいたい」と力を込めた。

 式典で読み上げることはできないが、加賀さんのメッセージは震災発生時刻の17日午前5時46分、神戸市のホームページで全文が公開される。

 加賀さんは当日、震災後に生まれた長男、亮(たすく)さん(20)とともに東遊園地を訪れ、生きていれば32歳になるあの子に、こう語りかけるつもりだ。

 「やっとゆっくり立ち止まれます。見守ってくれてありがとうね」

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  • 桜の木もお気に入りだったという桜子ちゃん=平成6年(加賀さん提供)

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