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阪神大震災、現地から「第1報」の元NHK・住田アナ「ラジオ深夜便」で15日に震災特集

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ラジオ深夜便でアンカーを務める住田功一さん。今年も「あの日」を語る(本人提供) 1/2枚  阪神大震災が起きた1月17日に合わせ、震災関連の企画を毎年放送しているNHKラジオの「ラジオ深夜便」。平成24年からアンカーを務める神戸市出身の元NHKエグゼクティブアナウンサーの住田功一さん(61)は、同市内の実家へ帰省中に震災に遭遇し、NHKの放送で最初に現地から状況を伝えたことで知られる。震災26年を迎える今回は、15日深夜から放送。ラジオで語り続けるその体に宿るのは、被災地であり、故郷でもある神戸への深い思いだ。(渡部圭介)

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 住田さんは震災が起きた7年当時、東京アナウンス室に所属。休みで帰省中の17日午前5時46分、震災に遭遇した。直後にテレビで伝えられたのは「東海地方で大きな揺れ」。現地に取材に向かうべきか判断を仰ごうと、職場に電話をした。

 その後、東海地方を上回る神戸の震度情報が入り、そのまま現地の被害状況をリポートすることになった。午前6時4分、ニュース番組で揺れの状況や時間、周囲の状況を報告した。これがNHKにとって、被災地から最初のリポートになった。

 ところが、時間がたつにつれて判明する被害は、住田さんの報告とは大きな温度差があった。各地で上がる火の手、阪神高速道路やビルの倒壊…。しかし、住田さんの実家付近はたまたま被害が小さく、窓ガラスもほとんど割れなかったという。市内を見渡せる場所ではなかったため、他の地域の被害状況は把握できなかった。

 ■正確に伝えた…

 政府の初動対応の遅れも指摘された阪神大震災。住田さんがリポートしたNHKの“第1報”が「被害は小さいという印象を与えたのではないか」という厳しい見方も、のちに耳にした。

 アナウンサーは直接見たもの、確認が取れたもの以外はしゃべってはいけないと教えられた。忠実に、正確に伝えたという自負はある。続報も送った。ただ、「最初のリポートがなぜ、僕だったのか」と自問することもあったという。

 毎年のようにテレビ、ラジオで特番に関わり続けたが、印象深く残っている番組のひとつに、発災から20年の平成27年1月に放送したラジオ深夜便を挙げる。被災者から手紙を募り、それらを読み上げながら、深夜から震災が発生した時間帯までをつなぐ構成だった。

 「テレビと比べ、ラジオは受け手のパイは小さい。その分、ラジオはリスナー自身が自分に置き換えて考えてくれる幅が広い」。言葉だけだからこそ心に届く。記憶の継承につながると信じてマイクに向かう。

 ■1枚の報道写真

 ラジオでしか語れないこともある。それを感じたのは、中・高生や大学生と共同で取り組んだ震災を語り継ぐ「調べ学習」のサポートの際に示された1枚の報道写真だった。

 がれきの横を笑顔で歩く女子高校生3人の姿が写っていた。苦難の中で、再会と登校できる喜びが伝わってきた。しかし、学生の行方を探し当てて実際に話を聴いてみると、喜びとは正反対の物語があった。

 「登校すると、担任の先生から、級友が亡くなったことを知らされたそうです。写真も映像もインパクトがあり、印象に残る。でも、ある場面を切り取らないといけない。伝えきれないこともあるんです」と住田さん。「長く被災者に伴走できるのは、地元の人間だと思っています」

 今年も、これからも、「あの日」を語る。

 住田さんがアンカーを務める「ラジオ深夜便」(15日午後11時5分~翌日午前5時、NHKラジオ第1ほか)では、16日午前2時と3時台に「阪神・淡路大震災に寄せて」と題し、音楽をテーマに構成。被災地から生まれたり、被災者を励ましたりした音楽などを取り上げる予定。

 すみだ・こういち 昭和35年、神戸市生まれ。神戸大学卒。58年にNHK入局。平成4年から東京で勤務し「おはよう日本」でリポーターや、朝の情報番組で司会を務めた。15年から大阪で勤務。夕方のニュース番組や、NHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」のナレーションを担当した。令和2年に定年退職した後も「ラジオ深夜便」でアンカーを務める。

写真一覧

  • 阪神大震災で倒壊した阪神高速道路の様子をテレビでリポートする住田さん(NHK大阪拠点放送局提供)

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