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タイアップとは無縁だったが…楽曲もキャラも強すぎたインパクト とにかくコンセプト重視だったプロモーション

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産経新聞

ファンは明菜の真価を知っていた 1/1枚 【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】

 来生姉弟(来生えつこ、たかお)を起用した『スローモーション』『セカンド・ラブ』『トワイライト-夕暮れ便り-』の“バラード3部作”、そして作詞家として駆け出しだった売野雅勇を抜擢(ばってき)しての『少女A』『1/2の神話』で、一躍スターダムにのし上がった中森明菜だが、デビュー以来、テレビドラマの主題歌やCMといったタイアップとはまったく無縁だった。

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 当時を知る音楽関係者は、とかく比較された松田聖子を例に出し、「聖子の場合、デビュー曲『裸足の季節』は化粧品メーカー、資生堂の洗顔クリーム『エクボ』のイメージソングでしたが、彼女にエクボがなかったため、CMには起用されなかったといいます。しかし当時、所属事務所だったサンミュージックの相澤秀禎社長(当時)が懇願して曲は使用することが決まったそうです。ただ画面に聖子の名前が出なかったため視聴者からは『歌っているのは誰?』と問い合わせが殺到、いわばCMとの相乗効果で聖子は注目されるようになったのです。このCM曲は、その後も『風は秋色』や『夏の扉』に引き継がれました」と話す。

 その上で「振り返ってみると、いわゆる“花の82年組”といわれるアイドルでも松本伊代や早見優、不倫疑惑で話題となった八代目中村芝翫の妻で、その神対応が注目される三田寛子らはタイアップ曲がありましたが、小泉今日子、石川秀美、堀ちえみ、ジャニーズのシブがき隊も含めほとんどが楽曲のみの勝負でした。結局、テレビの音楽番組やラジオのリクエスト番組が盛んだったので新人アイドルの売り出し方にも幅があったのです。もっとも早見は、資生堂の『バスボンヘアコロンシャンプー・リンス』のCMに起用されたこともあって、同期の中では最もタイアップ戦略を優先したと思います。一方、明菜は楽曲のインパクトが強過ぎて、ドラマの主題歌はもちろんのこと、商品CMでは起用しづらい部分があったと思います。しかもバラードとツッパリを交互に出す戦略自体が当時のアイドルにはなく、おそらくタイアップには不向きだったのではないでしょうか」と話す。

 ワーナーの邦楽宣伝課でデビュー前から明菜のプロモートを担当していた富岡信夫(現モモアンドグレープスカンパニー代表取締役)は「明菜の場合はコンセプトを重視し、とにかく楽曲優先だったことがタイアップには向かなかった。明菜のイメージもあったかもしれません。CMはキャラクターが重要ですから。結局、良くも悪くも楽曲はもちろん、キャラ的にもインパクトが強過ぎたのではないでしょうか。そこはわれわれも分かっていたので、地道に全国キャンペーンを行い、楽曲を前面に出すことだけを考えていましたね」。

 そんな中、明菜の魅力を最大限に引き出すために、アルバムの発売に合わせたコンサートも企画された。

 「デビュー当時からキャンペーンで全国を回り続けていたので、同期の中でも、おそらく明菜ファンは多かったと思う。ファーストアルバム『プロローグ〈序幕〉』からコンサート開催を希望する声は高まっていました」(富岡)

 最初に開催されたのは1982年8月10日の東京・中野サンプラザホールでの「ファースト・コンサート 明菜にあったらドキッ!」だった。

 続いて、秋には渋谷公会堂(11月27日)でも開催され、翌83年2月27日から6月19日にかけては新宿の東京厚生年金会館から始まり、群馬・太田市民会館まで全国18都市で全19公演という本格的な全国ツアー「Akina Milkyway’83 春の風を感じて」が開催された。=敬称略(芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

 ■中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、55歳。東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』で合格し、82年5月1日、シングル『スローモーション』でデビュー。『少女A』『禁区』『北ウイング』『飾りじゃないのよ涙は』『DESIRE-情熱-』などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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