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松山千春の母・ミヨさんが99歳で死去「100歳の誕生日…盛大に祝ってあげたかった」

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サンケイスポーツ

松山千春 1/1枚  シンガー・ソングライター、松山千春(65)の母、ミヨさんが16日未明に老衰のため、北海道・足寄町の介護療養施設で死去したことが18日、分かった。99歳だった。看取ることができなかった千春は、関係者を通じ「100歳の誕生日まで、あと2カ月頑張ってほしかった。盛大に祝ってあげたかったのに…」と無念さをあらわにした。

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 家計を助けるため、千春が幼少の頃から働き続けた最愛の母が突然、天国へ旅立った。関係者によると、ミヨさんは16日午前0時3分、千春の故郷でもある足寄町の介護療養型老人保健施設「あづまの里」で静かに息を引き取った。

 16日朝に訃報を受けた千春は、札幌市の自宅からその日のうちに足寄町へ帰省し、無言の対面を果たした。通夜は17日、葬儀・告別式は18日に同町の證道寺で近親者のみが参列して執り行われ、千春が喪主を務めた。

 関係者によると、ミヨさんはここ数年、体力面の不安もあって、千春の小学校の同級生が理事長を務める同施設に入居。最近は寝たきりに近い状態だったという。

 親子が最後に会ったのは先週。千春は、関係者を通じて本紙に「体力は落ちていたように感じたが、元気そうだった」と振り返った。千春のことを息子と認識できない状態になっていたが、「足寄に帰ったときは、かみ合わないながらも、話はすべきと思い接してきた。『また、来るな』と声をかけたら『また来てね』と、ちゃんと答えてくれた」と告白。老衰とはいえ、全く予期せぬ出来事だった。

 ミヨさんは3月15日が100歳の誕生日。千春は「足寄町からの祝い金を楽しみにしていたから、あと2カ月は頑張ってほしかった。盛大に祝ってあげたかったのに、それが無念だし、残念でたまらない」と言葉を詰まらせた。

 続けて「親孝行したいときに親はなしというけれど、コロナ禍で、そばにいてやれなかった。最期を一緒にいてあげられなかったことが悔やまれます」と、声を振り絞るのがやっとだった。今月25日にデビュー45年目に突入する節目の年に、悲しい別れとなった。

★家族支えた気丈な母

 千春の実家は足寄郡の地域紙「とかち新聞」(現在休刊)を発行し、父親の明さんが記事を書いて、印刷も自分で行っていた。私財を投じてまで発行していたため、ミヨさんが重労働で貧しい家計を支えていたことを、千春はコンサートのMCでたびたび話題にしていた。明さんは1995年に80歳で他界。嫁いでいた姉、絵里子さんも、3年後の98年に舌がんのため48歳の若さで亡くなっている。

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