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舘ひろし「寂しいな」裕次郎さんに看板返還…石原プロ58年の歴史に幕

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産経新聞

解散式を終え、裕次郎さんと渡さんの写真と、商号看板の前で撮影に応じる舘(左)と徳重 =東京・調布市 1/3枚  国民的スター、石原裕次郎さん(享年52)が設立した石原プロモーションが58回目の創立記念日を迎えた16日、事実上解散した。同社の商号看板が故人の仏前に58年ぶりに返還。東京・調布の事務所に飾られている裕次郎さんと昨年8月に死去した2代目社長、渡哲也さん(享年78)の写真の前で解散式に臨んだ石原軍団の舘ひろし(70)は「寂しい」としんみりしたが、「石原さんのおおらかさ、渡さんのたたずまいが自分の中に残っている」と魂の継承を誓った。

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 午前10時すぎ、東京・調布の事務所で「株式会社 石原プロモーション」と書かれた商号看板が裕次郎さんと渡さんの写真の前に置かれ、解散式に臨んだ舘ら石原軍団の一糸乱れぬかしわ手が静寂の中に響き渡った。

 式終了後、名残惜しそうに俳優、徳重聡(42)らと看板を眺めた舘は「いざ閉めるとなると、やっぱり寂しいな、寂しいです。思い出が走馬灯のようにいっぱい湧き上がってきます」と38年間在籍した“わが家”との別れを惜しんだ。

 昭和から令和まで思い出は尽きない。映画製作会社だった同社で自身の代表作となった人気ドラマ「西部警察」が誕生。渡さん扮する大門圭介部長刑事のカーチェイスはもちろん、車4600台以上を破壊し、視聴者の度肝を抜いた撮影を振り返り、「人に言えないことばっかり」と豪快に笑い飛ばした。

 オーディション「21世紀の石原裕次郎を探せ!」でグランプリに輝き、芸能界デビューした徳重は「震災のときに普段はバラバラなのに急に結束する集団。その中にいられて幸せでした」と感謝。1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災、16年の熊本地震の被災地に駆けつけ、被災者を励ました石原軍団の団結力を誇らしげに語った。

 徳重とともに同オーディションで同社入りした池田努(42)は、2003年に自身が人身事故を起こした「西部警察」の撮影に触れ、「切られてもおかしくない状況の中でずっと守ってくれた。今、この日、自分がいられるのは家族のように守ってくれた会社、先輩方のおかげ」と涙をこらえた。事故直後、社長だった渡さんが負傷者のもとを訪れ土下座して謝罪した。

 舘は「池田を誰一人責める人がいなかったというだけで、会社の在り方が分かってもらえると思う」とその男気をしのんだ。

 商号看板は午前10時20分頃に同社を出発。同11時半頃に渡さんの仏前へ一度供えられ、午後1時頃、東京・成城の裕次郎さん邸に到着。裕次郎さんの妻で同社会長の石原まき子さん(87)は58年ぶりに“石原プロの魂”を受け取り、落ち着いた様子で「くる時がきましたね」と夫の仏前に供えたという。

 まき子会長は今後、版権管理業務などを扱う株式会社石原音楽出版社と一般社団法人ISHIHARAの名誉会長に就任。「命ある限り裕次郎の名前を守っていきます」とコメントした。

 今後、版権会社となる石原プロは2月から新住所(未発表)に移り、12月まで清算作業を行う。

 昭和の芸能史を作った“スター事務所”は幕を閉じるが、信念は独立する舘らが守っていく。

★神田正輝は欠席

 1973年から石原プロに48年所属した俳優、神田正輝(70)はこの日、大阪市内のABCテレビで行われたテレビ朝日系「朝だ!生です旅サラダ」(土曜前8・0)の生放送に参加していたため、やむをえず解散式を欠席した。番組では「この時間だけでも皆さんに明るくなってもらいましょう」といつもと変わらない様子で進行を務めた。放送終了後も同局に集まった報道陣に対応することなく、タクシーで後にした。

写真一覧

  • 解散式の儀式を前にした石原プロモーション商号看板=東京・調布市
  • 渡哲也さん墓前

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