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追悼・南正人さん レジェンド歌手、ライブ中に天国へ旅立ち 「日本のビートニク」は自然と人の絆を大事に

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産経新聞

偉大なアーティストだった 1/1枚  日本のオリジナル・ロック/フォークの音楽シーンを切り開いたシンガー・ソングライター、南正人さんが今月7日、76歳で亡くなった。偉大なレジェンドの足跡を、長年親交のあった室矢憲治氏が振り返った。

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 南さんが亡くなったと聞いたとき、僕は1968年、南さんが遠藤賢司、高田渡らと舞台に上がった東京・虎ノ門ホールでの初ステージで『ジャン』を聴いた瞬間の衝撃を思い出した。

 それから10年後、「ディランのようなオリジナルなシンガーが日本にいるかな?」と、映画『ラスト・ワルツ』の日本公開記念イベントで来日し、相方を探すロビー・ロバートソンに僕はためらわず彼の名を挙げ、デビュー作『回帰線』を聴かせた。

 『海と男と女のブルース』で体を揺らす彼に歌詞を訳して伝えた。

 「いいね、日本のビートニクだ。彼とやろう!」とロビーはいい、共演は大評判だった。

 『回帰線』は細野晴臣がバックをつとめ、泉谷しげる、忌野清志郎らに影響を与えたアルバムだ。世界のトップ・ロックギタリストとの共演を経て、浅川マキや久保田麻琴らが次々と『あたしのブギウギ』『上海帰り』をカバーしてその知名度は急上昇。

 その気になれば、もっと大きな成功を手にすることもできたのに、「自然と人の絆を失いたくない」と宣言して田舎にこもりコミューン生活を始めた。

 88年、環境保護を訴える数々のカウンターカルチャー・グループをまとめ、八ケ岳の大自然の中で10日間のキャンプイン・フェス「NO NUKES ONE LOVE いのちの祭り」を開催、成功に導いた。このフェスは世界でも“日本のウッドストック”と報じられ、ナミさんは草の根運動の象徴的な存在になった。

 それから始まった、年間100本を超えるライブツアーの旅暮らし。そして、タイの若者たちと共同で始めた草の根フェスを実現させた。興が乗れば、しらじらと朝が来るまで続いた極上のジャムセッション。代表作『キャント・ビー・オーヴァー』のタイトル通り、変幻自在、自由気ままな彼の歌手人生は、終わるはずがないさ、とファンたちは誰もがそう思っていた。だが…。

 “商業的成功など見向きもしなかった貴方の生き方、心から尊敬していました”“どんな時もハッピーな笑顔、キング・ヒッピーの旅立ちに幸あれ!”

 7日夜、訃報が広がった直後からSNS上に山のように寄せられた追悼メッセージは老若男女、世代、国境を越えた。思い出を語る言葉は愛と感謝にあふれ、実にカラフルだった。それは「人と人の出会いほど深い意味を持つものはない」と歌い、ギター片手にオン・ザ・ロード、豊かな旅の人生を送った魂のトルバドール(吟遊詩人)にふさわしいものだった。

 ふさわしいといえば、ライブステージの最中に弦が切れたように絶命、ファンと仲間、家族に囲まれて満願成就、ほほ笑みながら天国へ、という見事な旅立ち方もまた…。

 昨年、コロナ禍で活動停止中に制作、このほどリリースされた『旅日記・自選集』Vol.1&2は33曲のベスト・ライブ&スタジオ・テイク集。希代の吟遊詩人、南正人の魅力をあますところなく伝えてくれるだろう。グッドバイ&ハロー、ナミさん。ビート・ゴーズ・オン。(ロック・ランナー、室矢憲治)

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