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【話の肖像画】ブシロード会長、新日本プロレスオーナー・木谷高明(60)「山一」初任地での成功が原点

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産経新聞

入社した山一証券で同僚らと(左から2人目) 1/1枚  《昭和59年、大学を卒業して入社したのは山一証券、バブル景気の到来を間近に控え、花形企業だった。エンターテインメントとは無縁の仕事から社会人人生がスタートした》

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 最初の仕事はいわゆる「外回りセールス」で、担当地域を一軒一軒回るのですが、これがとても恥ずかしかった。「ピンポン」と押したら絶対に隣家の人に聞こえるじゃないですか。「少しごあいさつしたいのですが」と言うと、20軒中19軒は「結構です」と断りますよね。そこで「どうせ恥ずかしい思いをするなら、やりがいがあるところを回ろう」と大きい家だけを回ったのです。

 先輩からは「毎日、20軒回れ」と報告書を出すように言われていたのですが、「今日は6軒しか回ってないけど、20軒と作文しとくか」といった具合。でもそのうち担当地域の所得上位3人が大口のお客さんになってくれ、成績もだんだん上がっていった。そしてある日、支店長に「何度も同じ家を粘り強く訪ねる。こういうことが大事なんだ」と褒められたんです。

 《この支店長との出会いが、社会人人生に影響を与えることになる》

 支店では新人に証券売買による手数料や新規顧客の開拓などの達成目標があって、達成するごとにメダルが授与されていました。僕は手数料では何個かメダルをもらっていたのですが、「中堅企業新規開拓6件」がどうしてもクリアできない。そこで大口のお客さんに友人を呼んでもらって株式の勉強会を開き、そこでまとめて商品を売ることを提案した。友人もおそらく会社役員でしょうから、新規開拓につながるだろうと。

 その話を支店長にしたら「面白いな。本社から転換社債を調達するよ」と言ってくれたのです。転換社債は株価が上がれば株式に転換できて利益になり、株価が下がっても社債として持っている限りは利息がもらえる、リスクの少ない商品です。当時の人気商品でしたが、コネがないとなかなか入手できない。そんな有り難くて貴重な商品を「勉強会に参加すると転換社債が買えますよ」とやれば、売れないはずはない。あっという間に中堅企業開拓のメダルをいただきました。

 この支店長には支店が新規開店するときにチラシのポスティングをバイトに任せる提案なども採用してもらいました。証券の営業は外務員の資格がないとできず、そのころの証券会社はバイトを雇わないのが慣例でした。1万人以上の組織の営業戦術に新人の発案が取り入れられることは、当時はなかった。自分で工夫して提案し、仕事の成果が出ることは面白かったですね。前例のない提案でも成果が出れば認めてくれた。最初の職場には感謝しかないですね。

 《成績優秀者として米国留学も経験。帰国後には本社営業企画部に抜擢(ばってき)されたが、順風満帆の会社生活はここまでだった》

 営業企画部では一転、新しい提案の企画書はなかなか通らず、決まりきった文書を作って上司に上げるだけというルーティンの仕事に埋没していきました。支店ではトップに口頭で伝えたら、「いいね」と話が進んでいった。僕は仕事とはさまざまな能力を持った人材がコミュニケーションを取りながら練り上げていくものだと思っています。ですのでブシロードでは毎朝、全社で朝礼をして顔を合わせるようにしています。コロナ禍の現在は、朝礼は週に1回、オンラインで実施しています。(聞き手 尾崎豪一)

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