記事詳細

【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)闘病、再起…舞台に熱い思い

更新
産経新聞

肺の手術から復帰した舞台で=平成29年11月?松竹 1/1枚  ■闘病、再起…舞台に熱い思い

 《平成27年、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)から出血し、手術を受けた》

<< 下に続く >>

 妻に勧められて人間ドックを受けたら、脳に小さな血栓が見つかったんです。医師から「定期的に観察しましょう」と言われ、それ以来、1年に1度、人間ドックを受けるようになり、3年ほどは異常はみられなかったんです。それがある日、生ビールを1口飲んだらひどい吐き気が襲ってきて、すぐに病院に行ったところ、お医者さまから「血栓が大きくなっている。脳動脈瘤破裂の恐れがある」と診断され、早期の手術を勧められました。

 ただ仕事もあって、そのときすぐには手術を受けることはできなかったのですが、ある日、再び強烈な吐き気に見舞われて、手術を受けることになったんです。妻のサポートがなければ、僕はもうこの世にいないか寝たきりになっていたと思います。お医者さまに後日、「ぎりぎりセーフだった」とはっきり言われました。

 後日、「極秘手術を受けていた」なんて報じられ方をしたけれど、たまたまうまい具合に仕事も入っていなかったので、公表する必要もなかっただけなんです。仕事がオフのときに手術をして、悪いところを全部摘出しました。動脈瘤はすでに破裂していましたが、くも膜が人より丈夫で奇跡的に助かったみたいです。手術後は顔がすごく腫れ上がって頭は割れるように痛かったんですけれど、6日で退院しました。

 1週間ほど安静にしていれば舞台に出てもいいということだったので、頭の痛みがこんなに残っているのにいいのかな、と思いながら翌月には歌舞伎の舞台に立っていました。

 《29年5月、人間ドックで初期の肺腺癌(がん)が発見され、治療のため6、7月の歌舞伎の舞台を休演。肺の20%を切除する手術を受けた》

 肺腺癌のときは、決まっていた舞台を降板しないといけなかったので公表したんです。治療をしていたとき、妻は妊娠中でした。きっと動揺しているだろうなあと思ったので、僕があまり不安がってはいけないし、逆に自分がしっかりしないといけないと思いました。だから落ち込んだ記憶はないんです。

 どんなときも、千穐楽(せんしゅうらく)まで舞台に出るのが僕の仕事と思ってきました。父や母が他界したときも舞台に立ち続けましたから、あのときの休演は本当に断腸の思いでした。休演中は多くの方から励ましのお言葉をいただき、闘病中の心の支えになりました。

 病気を克服して初めて立ったのが全国巡業公演で、「義経千本桜・すし屋」の「いがみの権太(ごんた)」をやらせていただいた。新潟で迎えた初日、花道から出ていったとき、お客さまの温かい拍手というのかな。「ああ、やはり僕は病室ではなく、歌舞伎の舞台にいるべきなんだ」と胸に熱いものがこみあげてきました。(聞き手 水沼啓子)

ピックアップ

    注目ニュース

      アクセスランキング

      iza! ソーシャルメディア公式アカウント

      • twitter
      • facebook
      • iza!を読む
      ×