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【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)裕也さんに魅了されて

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産経新聞

話の肖像画:歌舞伎俳優の中村獅童=27日、東京・銀座(酒巻俊介撮影) 1/1枚  《中学生のころ、ロックンロールに興味を持ちはじめて、ザ・ローリング・ストーンズにはまる。高校時代はロックバンドを組んでいた》

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 ボーカルとして、ライブハウスとかでミック・ジャガーばりにシャウトして歌いまくっていました。歌舞伎の舞台に出ることもほとんどないころだったし、不良っぽいことが格好良く見える年頃だったのでね。

 無名だった20代のころ、たまに僕を取り上げてくれる記事の中で「趣味はロックバンド」「ロックバンドもやる歌舞伎役者」みたいな紹介のされ方をしていたんです。大阪での公演のときのことなんですけれど、勘九郎の兄さん(のちの十八代目中村勘三郎、平成24年死去)に行きつけのバーに連れて行ってもらったら、そこにロック歌手の内田裕也さん(31年死去)もいて、一緒に飲むことになったんです。同じテーブルで飲んでいたら、裕也さんが「てめえか、ロッケンロールの歌舞伎役者は」と話しかけてきたんです。

 裕也さんは2、3杯飲んでから仲間を引き連れてその店を出たんですが、しばらくして、その店に裕也さんから僕宛てに電話が入って「おまえ、これから今いるバーに一人で来い」と呼び出されました。周りの人は「大丈夫?」って心配していたけれど、図に乗ってそのバーに一人で行ったんですよ。そしたら「おまえ、本当に一人で来たのか。この野郎、いい根性しているな。なんか面白いやつだな」って。

 朝まで一緒に飲んだあと、僕が「徒歩2、3分のところにあるホテルなので歩いて帰ります」と言ったら、裕也さんがタクシーを拾って「これに乗れ」って、一万円札をポンと投げ入れてきたんです。走り出したタクシーの中で後ろを振り返ったら、裕也さんが頭をずっと下げて見送ってくれていました。僕が26か27歳のときで、まったく無名の若造に対してですよ。それ以来、裕也さんのことを一方的に好きというかファンになってしまいました。

 《内田裕也主催の年越しライブ「ニュー・イヤー・ロック・フェスティバル」にも出演した》

 大阪で一緒に一度、飲んだだけなのに、裕也さんは僕のことをずっと覚えていてくれました。ちょうど僕が不祥事を起こして自粛をしていたころ、たまたま他の件で裕也さんのところに集まっていた報道陣に「やってしまったことは彼が悪いし、調子に乗っちゃったのかなと思うけれど、獅童はこういうことで沈んでいくような役者ではないだろう」みたいなことを言ってくれたんです。自らの行動を反省しながらも総バッシングされてすごく落ち込んでいたから、この言葉は本当にうれしかったです。

 裕也さんのロック・フェスには4、5回出演させてもらいました。裕也さん最後のロック・フェスは、今も目に焼き付いています。当日はすごく体調が悪くて、声もリハーサルではまったく出なかった。でも本番になったら声も出るし、最後まで歌い続けた。「裕也! 裕也!」という観客の声援に応えて、途中で人の手を借りながらも車いすから立ち上がったんです。「見ている人に楽しんでいただこう」というサービス精神を見て、涙が出ましたよ。(聞き手 水沼啓子)

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