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【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)勘九郎兄さんの情熱と愛情

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産経新聞

20代のころ、五代目中村勘九郎さん(右)と 1/1枚  《平成7年に新作歌舞伎「若き日の信長」で群衆の一人という“並びの役”でほめられて以来、五代目中村勘九郎(のちの十八代目勘三郎、平成24年死去)から舞台によく呼ばれるようになった。8年5月、勘九郎のアイデアで平家ゆかりの硫黄島(鹿児島県三島村)で上演された「平家女護島(へいけにょごのしま)・俊寛(しゅんかん)」では丹波少将成経(たんばのしょうしょうなりつね)という名前付きの役をもらう。その3カ月後、「狐狸狐狸(こりこり)ばなし」のおそめ役で歌舞伎座賞を受賞した》

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 稽古場で緊張して動きがぎこちなくなると、勘九郎の兄さんが「あのね、ロックンロールでいいんだよ。役者がのって演じないでどうするの。あなたが好きなロックのノリでいいんだよ」と言ってくださった。勘九郎の兄さんからは、とにかくパッションとハートを学びました。

 《13年、東京・浅草での「平成中村座」公演の試演会で、古典歌舞伎の名作「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」の佐藤忠信(ただのぶ)と源九郎狐(げんくろうぎつね)を初めて演じた》

 本公演では勘九郎の兄さんが「義経千本桜」の知盛(とももり)、権太(ごんた)、忠信をお勤めになっていて、試演会で1日だけ忠信と源九郎狐をやらせていただいた。本公演で、僕は義経とか5役をやらせてもらいましたがどれも初役。それでもう自分としては全然余裕がなかったのですけれど、勘九郎の兄さんが「はい、お前さん。ちょっとやってごらん」と突然言うんです。急にやれといわれても、当然できないわけですよ。「なんだ、おまえ。覚えていないのか」って怒鳴られました。

 勘九郎の兄さんからはもう怒られて、怒られて。プレッシャーに弱いから、体がどんどんやせ細りました。ちょうど映画「ピンポン」の撮影後だったので、頭がスキンヘッドみたいな感じでやせ細っていっちゃったから、勘九郎の兄さんに「なんだかお前さん、ガンジーみたいになっちゃったね」と言われました。舞台で女形の役をやっていたとき、よほど怖い形相だったのか、子役と手をつなごうとしたら号泣されるしね。

 芝居が終わると、勘九郎の兄さんはみんなでご飯に行ったり、飲みに行ったりするんです。場所が浅草だったから、とくに毎日のように出かけていましたね。「みんな、ご飯に行こう」と誘っていました。ただ僕の方を指さして「君は出来が悪いから誘いません!」とか言われて、もう落ち込む以外にないわけですよ。

 《15年1月、若手歌舞伎俳優の登竜門といわれる新春浅草歌舞伎で「義経千本桜」の主役を勤めた》

 このときも勘九郎の兄さんに教えてもらいました。試演会から1年ちょっと間があいていたから、うまくやろうという気持ちに当然なるわけです。でも、それをすぐに見破って「そうじゃなくて、もっと体当たりで命がけでやってちょうだい」と。兄さんに言われたことは、今でも全部覚えています。(聞き手 水沼啓子)

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