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【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)崖っぷち「ドラゴン」に救われ

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産経新聞

映画「ピンポン」では眉毛をそり、スキンヘッドで敵役になり切った 1/1枚  《20代はなかなか歌舞伎の役もつかず、下積みの役者として時代劇に出ていた》

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 僕は歌舞伎役者として生きていこうと決めた19歳のとき、ある歌舞伎関係者に「獅童さん、歌舞伎座で主役をとるのは難しいと思いますよ」と言われました。ひどいことを言われたと思うかもしれないけれど、僕にとっては本当にいいことを言ってもらえたと思っています。その方も僕に何かスイッチが入るのを期待して言ってくださった気がします。

 その方に、「どうすれば歌舞伎でいい役をできるようになりますか」って聞いたんですよ。そうしたら「とにかく名前を売ってください」って言われました。20代半ばぐらいから「待っていてもダメだ」ということに気づいて、現代劇やテレビ番組とかのオーディションをいろいろと受けましたが、ことごとく落ちてね。演技も「だめだ、だめだ」って言われて、本当にだめなんじゃないかという瞬間が何度もあった。20代のころは役者に向いてないのかなあ、なんて思ったのはしょっちゅう。

 《大ヒット映画「ピンポン」(平成14年公開)に高校卓球界のチャンピオン、ドラゴン役で出演。17歳の高校生役を演じ、日本アカデミー賞やゴールデン・アロー賞、ブルーリボン賞など新人賞5冠を達成。一躍有名になった》

 「ピンポン」のオーディションは新聞で知って応募しました。頭をスキンヘッドにして、眉毛もそって、漫画で描かれていたドラゴンになりきって臨みましたよ。30歳を目前にしてもう後がないから、自分の中では崖っぷち状態。歌舞伎では役が付かないし、現代劇でやるにしては無名だしね。

 出演が決まったのに、卓球なんてやったことがなかったから、あまりにも下手でね。撮影に入る2カ月前ぐらいから練習場に通って毎日3、4時間、コーチに猛特訓をしてもらいました。見た目もチャンピオンらしい肉体にするため、毎日ジムにも通ってウエートトレーニングをして、1キロ以上泳いでいました。あのときは10キロぐらいぜい肉を落としました。

 当時、新橋演舞場で新派の舞台にも出ていたので、芝居が終わってから卓球の練習だから、ぐったりしているのになかなか眠れないんですよ。深夜、また1人で卓球のビデオを見たりしていましたね。

 それから、監督に「ドラゴンには怖さの中に品格も必要」と言われていたので、自分なりのドラゴン像を考えました。スポーツ選手の歩き方とか動きとかを研究しようと思って、いろいろなスポーツのビデオも見ましたよ。一流のアスリートって、歩き方にも重量感があるんですよね。体を上下させながらピョコタン、ピョコタンなんて身軽に歩かない。

 これは腰に刀を差した武士の歩き方だなと思って、ドラゴンを演じたとき、武士道みたいなものが根底にあったんです。ラケットという刀を持ち、生きるか死ぬかの思いで戦っている精神状態とかも表現したかった。歌舞伎の舞台で演じてきた武士のたたずまいとかが、映画の中で生かされたかもしれない。(聞き手 水沼啓子)

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