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【話の肖像画】「世界の盗塁王」福本豊(73)「足封じ」との攻防

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産経新聞

南海の野村克也監督兼捕手(左)とはさまざまな駆け引きを体験した 1/1枚  ■「足封じ」との攻防

 《プロ入団2年目の昭和45年のシーズンから13年連続で盗塁王となり、阪急(現・オリックス)の3度の日本一と8度のリーグ優勝に貢献した。その舞台裏では各球団による足封じとの攻防が繰り広げられていた》

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 プロ4年目で記録(シーズン最多106盗塁)を作ったときぐらいだったかな。ある球場でグラウンドキーパーをしていたおっちゃんに「福本さん」と呼び止められ、そっと「あのファーストのベースの付近、ちょっと柔らかいから気を付けて」と言うてくれたんです。実際、見に行ったら土が柔らかくてふわふわ。ちょうど二塁盗塁のためのリードを取るところ、一塁ベースのすぐ先と、滑り込む二塁ベースの手前に、砂場のような柔らかい場所を作っていました。グラウンドの土を少し取り除いて、水でぬらしてから柔らかい土をかぶせていたんでしょう。その砂場はスタートが切りにくくて、足元がツルッと滑る感覚です。「ああ汚な。僕ひとりのためにこんなことするの?」と驚きました。でもまあ、プロやからね。ただ、他の選手も同じように走りづらい。何より、その相手チームの方が走れる選手が何人もいてたんです。

 僕は余計に走ってやろうと思いました。土が柔らかいのは分かっているから、砂場を掘って、さらにその下の土が硬いところを探したりね。ほかにもいろいろ試してみて分かったことがあった。同じ距離のリードを取るにしても、砂場の内側の投手寄りのラインにいると投手は走者を気にしないが、砂場より後ろの方でリードすると、牽制(けんせい)球がしょっちゅう飛んできた。同じなのに投手からはリードの距離が違ってみえていたようでした。そこで牽制を入れさせるためには投手から遠い位置でリードしました。そして二盗を狙いにいくときは投手に近い前方のラインでリードをすれば、すぐに走れるようになりました。おっちゃんに言われてからは、他の球場もよくみるようになりました。ほかにも打席に立つと、相手ベンチから「当てろー」と言っているのが聞こえてくることもあった。自分も足元や体に近いところにボールは来るもんやと思うているし、用意しながら打席に立っていましたけどね。

 《盗塁で最も悩まされたのは、クイック投法を生んだ南海(現・福岡ソフトバンク)の監督兼任選手だった野村克也氏だった》

 ノムさん(野村氏)は「福本の盗塁が日本の野球を変えた」と言ってくれましたが、盗塁阻止のための投手のクイック投法を最初に見たときはびっくりしました。南海の投手全員が小さなモーションで素早く投げてくる。これで僕の中にあったそれぞれの投手の癖やリズムなど、それまでのデータが白紙になりました。ノムさんが捕手のときにはたくさん走ったけど、一番多く刺されたのもノムさん。ノムさんがいなければ、僕の盗塁(通算1065盗塁)は1500個を超えていたと思います。後に「クイック投法」と最初に書きはった人を調べてもらったけど、誰だか分からなかった。ノムさんと「特許料もらわなあきませんね」と大笑いしたこともありました。そういえば投手への四球にもやられましたね。DH制のなかった時代(49年まで)、2死で9番の投手が打席に入ったら、ノムさんはわざと四球で出塁させるんです。そうすれば次打者の僕が塁に出ても、前の塁に投手がいるので盗塁できへんというわけです。さまざまな駆け引きがあり、ノムさんのおかげで僕はレベルの高いランナーにしてもらいました。(聞き手 嶋田知加子)

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