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【話の肖像画】「世界の盗塁王」福本豊(73)世界タイ記録盗塁予告に「申し訳ない」

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産経新聞

本拠地・西宮球場でシーズン105盗塁の世界記録を達成 =昭和47年9月26日 1/1枚  《昭和46年の日本シリーズで巨人に苦杯を喫した翌シーズンの終盤、日本中が注目する大記録に挑んでいた。当時の米大リーグ記録だったモーリー・ウイルス(元ドジャース)の持つシーズン104盗塁だ》

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 8月27日の本拠地・西宮球場での東映戦で、河野(旭輝(あきてる))さん(阪急、中日など)が持っていた当時のシーズン日本最多記録(85盗塁)を抜いたときは一気でした。ドラッグバントで出塁し、相手投手は次打者に1球投じた後、7球続けて牽制(けんせい)してきました。でも2球目で86個目を決め、さらに三盗で87個目を決めた。この日本記録は阪急担当だった新聞記者の人たちに教えてもらいました。104盗塁の世界記録もです。自分で数字を調べることはなかった。興味なかったんやね。でも1つクリアすると、次は「こんな記録があるで」と教えてくれて、担当記者から「行けーっ、走れーっ」と言われる。年上の方ばっかりやったからね。自分も行けるんちゃうかなという気になって「頑張ろう」となりました。

 それが104盗塁という記録を前にして足踏みです。毎日、担当記者にも聞かれるし、ランナーで出んかったら走られへんやん、なんて答えてね。マークもずっとされる。早いこと決めたかったけど、モタモタしてしもうた。(昭和55年の)通算800盗塁も王手をかけてから10試合連続盗塁ゼロと足踏みしたけど、記録のときはスポーンと決めたい気持ちもあって、やっぱりガチガチになる。だから余計にスタートを切りづらい。それを越えれば、すーっと走れるのにね。

 「きょうは決めんとあかんなあ」と言いながら迎えた47年9月22日、西宮球場での近鉄戦でした。マウンドには神部(年男)さん。第1打席で粘って四球で出塁すると、神部さんは6球続けて牽制してきました。その直後にスタートを切って二塁ベースに滑り込んだと思います。104個目の盗塁は王手から3日かかりました。

 《世界タイ記録達成のときは四球で出塁。実はその一塁ベース上で盗塁予告のパフォーマンスを余儀なくされていた》

 球団の営業にファンサービスで手を挙げてと言われたんです。「相手に悪いから、嫌や」と言うたんやけど、わりとお客さんも入ってくれていた。アウトになっても、セーフになっても、記録達成の瞬間を見ようと来てくれたお客さんは喜んでくれはるからね。ただ、相手捕手には悪いことをした。ほんまに失礼なことをしたし、申し訳ないことをした気持ちの方が強いね。

 《9月26日にはシーズン105盗塁を達成し、このシーズンは今も破られていない史上唯一の3桁である106盗塁をマーク。リーグ優勝も果たした》

 この年のシーズンは全試合(130試合)に出場してないんやね。出るというのに122試合にとどまった。リーグ優勝後の残り試合は「けがしたらあかんから休んどけ」と言われたんです。こっちは出ると言うてるのに、若いやつに練習さすと言うてね。走ってるのはしんどいことはなかった。塁間27・43メートルを走っても4秒かからへんからね。でも集中してるから神経は疲れる。出塁したらええスタートを切らなあかん、セーフにならんとあかんと思うからね。体重3キロはやせました。(聞き手 嶋田知加子)

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