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【話の肖像画】「世界の盗塁王」福本豊(73) 巨人を倒し満員の球場に

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産経新聞

昭和50年、広島との日本シリーズ第5戦で六回のピンチに大飛球をフェンスに向いたままキャッチ。この超ファインプレーで阪急初の日本一を引き寄せた =広島市民球場 1/1枚  ■巨人を倒し満員の球場に

 《入団1年目の昭和44年、阪急(現・オリックス)は3年連続でパ・リーグを制覇したが、日本シリーズはセ・リーグ覇者の巨人に2勝4敗。3年連続で巨人に屈し、日本一を逃した》

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 (日本シリーズに)行っちゃあ負け、行っちゃあ負けだったからね。当時のオーナー、社長は「巨人に勝って日本一にならないとだめだ。それでこそお客さんは足を運んでくれる」と言っていました。シーズン中の(本拠地)西宮球場はお客さんが少ないからね。先輩たちもみんなが「西宮球場をお客さんでいっぱいにしたい」と思っていました。確かに日本シリーズやオールスター戦で球場が超満員になっているのを見ると、「ええなあ」と思う。プロ1年目の日本シリーズでスタンドを見た瞬間、「うわあっ」と驚いたもんね。高校野球の雰囲気とは全然違う。「巨人は毎日、こんなところでやってるんや」と思いましたね。

 《翌年春のキャンプは闘将・西本幸雄監督のもと、阪急は巨人を倒して日本一を勝ち取るべく、厳しい練習を重ねた。自身は1年目のシーズン、38試合に出場して39打数11安打、打率2割8分2厘、4盗塁。とにかく試合に出場すべく、走塁、打撃に加え、守備のレベルアップにも取り組んだ》

 外野守備もへたくそでした。プロの打球は違う。しょっちゅうバンザイ(目測を誤って飛球を後ろにそらすこと)していました。ノックは打撃コーチだった中田(昌宏)さんがガンガン打ってくれるんですが、とにかくえげつない打球がくる。1日200発は走らされました。全体練習が終わってから、個人ノック1時間は強制。西本監督から「守れんのんやったら、ちゃんと練習せい」とよく叱られましたが、練習は正直。やればやるほどうまくなりました。「(山なりの)打球なら、球に追いかけさせえ。常に想定して練習しろ」と言われていましたが、やっているうちに打球を見なくても落下点がすぐわかるようになった。ノックを繰り返すうちに最短距離で走れるようになりました。

 《守備でも誇れる記録がある。12年連続のダイヤモンドグラブ賞(現・ゴールデングラブ賞)だ。この陰には、1年目から現役最後までやり抜いた、激しい個人ノックの積み重ねがあった》

 ノックはベテランになってからも若手にまじって受け続けました。選手をやめるまでね。結果は後でついてくる。結果をいろいろ出すために自分で努力するんやからね。話を聞くだけでうまくなるんやったら、みんなうまくなっとる。2軍もいらん。

 守備はしんどいというが、やっとったら面白いんです。何が面白いか。他人のヒットを凡打にしてしまう。打った選手が「よっしゃー、抜けたー」と思っても、その打球を知らん顔して「ハイッ」と捕る。相手打者はがっくり。あれが面白うて。盗塁も、牽制(けんせい)やらクイックやら、いろんなことをやられて、セーフになったら「ざまあみろ」と思う。アウトになったら、「今度は勝負してやるわ」と思うしね。

 でもこれも試合に出られているからできること。だから試合に出なかったら面白くないよね。(聞き手 嶋田知加子)

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