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【話の肖像画】「世界の盗塁王」福本豊(73) 今、再び「盗塁の魅力」

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産経新聞

(恵守乾撮影) 1/1枚  ■今、再び「盗塁の魅力」

 《昨年10月、日本のプロ野球で46年ぶりに更新された記録がある。11試合連続盗塁だ。ソフトバンクの周東佑京(しゅうとう・うきょう)選手(13試合連続)が塗り替えるまで、半世紀近く破られなかったこの記録を昭和46年と49年に2度、達成した》

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 周東選手の連続記録の話題が出るたびに自分の名前も出てうれしかったですね。自分の現役時代は騒がれることはなかったので、そんな記録もあったんやと思いました。周東選手が勢いよく出てきたことで、盗塁の魅力がよく伝わるようになりました。クセの盗み合いに牽制(けんせい)、間合いなどを想像しながら、選手たちが盗塁する姿を見るのは楽しい。自分がグラウンドにいるような気持ちになるときもありました。

 《成功か、失敗か、でゲームの局面をガラリと変える盗塁は野球の醍醐味(だいごみ)だ。相手チームの厳しい警戒をかいくぐって積み重ねた盗塁は通算1065個、2位の広瀬叔功(よしのり)さん(元南海)の596個、現役最多の糸井嘉男選手(阪神)の299個を大きく上回る。47年には106個の盗塁を決め、シーズン盗塁数で世界記録(当時)を樹立、「世界の盗塁王」と称された》

 お世話になった高校やノンプロ、阪急のチームメート、監督らのおかげです。ただ、58年に当時の世界記録だった米大リーグの938盗塁を抜いたときはおもろなかったね。ゴロで二塁に進んだのですが、執拗(しつよう)に牽制された。負けとったし、走るつもりもなかったんやけど、牽制にイラッとして三盗してしまった。重要な場面じゃなかったから悔いが残りました。

 《相手バッテリーにとって「ストップ・ザ・福本」が合言葉だった。南海の兼任監督だった野村克也さんが「福本の足封じ」に開発した「クイック投法」は球界に革命を起こした》

 大先輩やし神様でしたから、ノムさんが認めてくれたのはうれしかったですね。一番アウトにされているのもノムさんやと思います。南海の投手はほとんどすり足で球を放ってくる。モーションが小さいから、思い切ってスタートを切ってもアウトになる場面が増えていきました。でもノムさんのおかげであそこまでやれたと思います。後になって「野球を変えたのはこいつや。こいつがおらんかったら今、このクイックないやろ」と言ってくれました。そういえば打席ではぼやかれもしましたね。「ああ、おまえかあ。また走るんかい?」と。集中力が散漫になり、プロ1年目はようやられて3球で終わっていました。(聞き手 嶋田知加子)

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【プロフィル】福本豊

 ふくもと・ゆたか 昭和22年、大阪府生まれ。大鉄高(現阪南大高)、松下電器を経て阪急(現オリックス)入団。45年から13年連続で盗塁王となり、阪急黄金期を支える。通算1065盗塁と先頭打者本塁打43本など日本記録を多数樹立、47年には106盗塁でシーズン世界記録(当時)を達成した。63年に現役引退、阪神コーチなどを経て野球評論家に。

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