フセイン政権、湾岸戦争後も米国に対抗 難しい脅威封じ込め

 湾岸戦争の後もイラクで存続したフセイン政権に対し、国際社会は同国が侵攻したクウェートへの賠償などの経済制裁を科し、父ブッシュ米政権や英仏はイラクの少数民族クルド人の保護のため北部に飛行禁止区域を設けるなどの措置を取った。しかし、フセイン政権は国民への弾圧を続けて独裁体制を維持し、大量破壊兵器の開発に意欲を示して米国に対抗し続けた。

 湾岸戦争は、ソ連の衰退によって到来した「米国一強」の時代に、米国が世界の脅威をどう封じ込めるかという課題を残した。

 息子ブッシュ米政権は2003年、イラク戦争に踏み切りフセイン大統領を排除。しかし、独裁から解放されたイラクでは民主化とはほど遠い事態が続いた。

 旧政権の残存勢力による駐留米軍への攻撃が多発し、国際テロ組織アルカーイダに忠誠を誓うイスラム過激派も台頭し、テロが多発した。米軍は兵力増強を迫られ、07年にはイラク戦争当時(約10万人)を超える約17万人が駐留した。

 戦後統治の明確な設計図がないままの戦争は米国、イラク双方に大きな犠牲を強いた。オバマ米政権は11年、イラクからの米軍撤退を完了したが、イラク戦争以降の米兵の死者は約4500人に上るとされる。

 湾岸戦争から30年が過ぎ、中東では米国が軍事的関与を縮小する動きを進め、ロシアがその空白を埋めるべく影響力の浸透を図っている。中東は新たな不安定要因に揺れている。(カイロ 佐藤貴生)

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