韓国・文政権、G20「大阪城」背景の記念撮影に難クセ!「朝鮮出兵した秀吉の居城」理由に場所変更も!?

 大阪で28、29日に開かれるG20(20カ国・地域)首脳会合をめぐり、日韓メディアが驚くべき報道をして、関係者をあぜんとさせている。各国首脳らによる恒例の記念撮影で、大阪城を背景にすることに文在寅(ムン・ジェイン)政権がNGを出し、場所の変更を求める可能性が出てきたというのだ。「朝鮮出兵した豊臣秀吉の居城だったから」というのが理由のようだが、正気なのか。

 外務省G20サミット事務局などによると、大阪G20には37の国や機関などが参加する。各国首脳らは笑顔で記念写真に収まるのが恒例だが、先月末、驚く(あきれる?)報道があった。

 朝日新聞がまず、5月23日の朝刊で「G20、大阪城背に記念撮影したいけど…『侵略者』秀吉の居城…気になる韓国の反応」との見出しの記事を掲載したのだ。日韓外交に関わる匿名関係者の話として、「日本政府が背景に大阪城が入る構図を検討しているが、韓国の反発が予想され、撮影場所が調整される可能性もある」と報じた。

 韓国紙ハンギョレも翌日、朝日記事を引用しながら、「大阪城を背景に記念写真を撮るならば、壬辰倭乱で大きな苦痛を受けた被害国の首脳である文在寅大統領は、応じがたいとみられる」と伝えた。

 「壬辰倭乱」とは秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役(1592~93年)をいう。

 確かに、秀吉は日本では農民から天下人に上りつめ、天下統一を果たした「英雄」だが、韓国では「侵略の象徴」かもしれない。歴史認識の違いは理解するが、大阪城の変遷も学んではどうか。

 大阪城は、秀吉が15年の歳月をかけて造り上げたが、1615年の「大坂夏の陣」で豊臣家の滅亡とともに落城した。その上に盛り土がされ、秀吉の面影はほぼない。

 徳川3代将軍の家光の時代に城は再建されたが、完成から39年後、落雷で天守閣を消失した。その状態が昭和初めまで260年以上も続いた。

 今の天守閣は戦前の1931年、当時、最高の建築工法だった鉄骨鉄筋コンクリート造りで建設された。現在の城の中にはエレベーターもある。

 そもそも、大阪城とサミット会場の国際展示場「インテックス大阪」とは直線距離で約11キロも離れている。

 前出のG20サミット事務局は「どこで各国首脳らが記念撮影するかは検討中だが、サミット会場から大阪城は遠くて見えない。『大阪城が入る構図』にするには他に移動しない限りは難しい」といい、日韓メディアの報道にクビをひねった。

 日韓関係は、韓国国会議長による「天皇陛下による謝罪要求」や、いわゆる「元徴用工」をめぐる異常判決などの「反日」暴挙で史上最悪になっている。

 日韓メディアが報じたとおり、文政権が420年以上前の話を持ち出してゴネるなら、多くの日本人は「来なくて結構」と思うのではないか。

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