紛争の傷跡残る北アイルランドで新たな過激派の動き

 迷走する英国の欧州連合(EU)離脱交渉の影響で、英領北アイルランドの情勢が不安定さを増している。4月18日には、過去の紛争でテロ行為を繰り返したカトリック系のアイルランド共和軍(IRA)を想起させる新たな過激派「新IRA」による暴動が西部ロンドンデリーで発生。暴動を取材した女性記者、ライラ・マッキーさん(29)が撃たれて死亡した。離脱交渉の難題である国境問題を抱える北アイルランドで、現地の不安の声を聞いた。

 「本当にショックな事件だった…」

 北アイルランドの中心都市、ベルファスト。マッキーさんが撃たれた事件発生時、現場近くにいたというマイケル・キンセラさん(57)が取材に応じ、重い口を開いた。

 キンセラさんはカトリック系の住民だが、かつて対立していたプロテスタント系の住民と協力し、両派の相互理解を進める和平活動に従事している。キンセラさんは、和平活動を乱しかねない新IRAの存在を警戒する。新IRAは、1998年の和平合意前にプロテスタント系と武力闘争してきたIRAから分離した存在だからだ。新IRAは今年1月にロンドンデリーで発生した自動車爆発の事件にも関与したとされ、不気味な存在感を示す。

 キンセラさんによると、新IRAは2012年頃の設立以来、ロンドンデリーなどを拠点に人員を募集し、すでに約200人が集まっている。新IRAは「Saoirse(アイルランド語で自由)」という別名の政治組織を名乗ることもあるという。

 地元で紛争問題を取材し、若い世代を中心に支持を集めてきたマッキーさんの死亡事件をめぐり、カトリック、プロテスタント両派だけでなく、海外メディアからも批判を浴びたことから、新IRAは事件後、テロ組織としては異例の謝罪コメントを発表した。活動が沈静化する見方もあるが、キンセラさんは「新IRAは数カ月後には名前を変えて活動を続ける」と予想する。

     

 新IRAが活動を活発化する背景には、EU離脱がある。英クイーンズ大ベルファスト校のコリン・ハービー教授は「離脱問題は、深くアイルランドを不安定にさせ続けてきた」と指摘する。新IRAは元々、和平合意に賛同しなかったIRA民兵らによって設立されたとされるが、今は人員の多くが貧困に苦しむロンドンデリーの若者だ。現地住民の一人は「離脱で国境問題が再燃した混乱に乗じ、IRAの名を利用して社会に不満をぶつけている」との見方を示す。

 元IRA民兵のパダー・ウィーランさん(61)は「新IRAには、IRAが持っていた英国からの分離独立を求める明確な理念がない」と言い切る。ウィーランさんは新IRAがIRAと異なり、ドラッグに絡んだ犯罪にも関与している実態も明かした。

 暴動の参加者が撃った流れ弾でマッキーさんが死亡したことを受け、パダーさんは「新IRAは訓練されておらず、武器を使い慣れていないがゆえの危険性がある」とも話した。

     

 メイ英首相らは5月7日、マッキーさんの事件を受け、北アイルランドの情勢を安定させるために同国の自治政府を復活させる協議を開始した。ただ、アイルランドとの国境の町、ニューリーやベルファストでは協議への期待感は薄い。

 ニューリーで育ち、幼少時に紛争の様子を間近で見て育った俳優、ローナン・バーンさん(44)は「協議は英国によるただのジェスチャーで、本気で解決するとは思えない」と言い放つ。

 ニューリーでは住民の大半が、離脱によって厳格な国境管理が復活する可能性を懸念。残留を主張し、英国に対する不信感が強まっているという。

 バーンさんは「紛争は終わったが、多くの犠牲者を出した紛争の傷痕がまだ残っている。完全に暴力がなくなっているわけではない」と話す。国境問題が取り沙汰されることでIRAの“残党”が治安を悪化させることを危惧した。

     

 5月初旬。ベルファスト中心部で、地元の画家らが尊敬の念をこめて、亡くなったマッキーさんの壁画を描いた。

 「(この状況は)いつまでも続くわけじゃない。良くなっていくだろう」

 壁画には、満面の笑みのマッキーさんとともにメッセージが一言、添えられた。その言葉を、北アイルランド情勢の改善を願うマッキーさんの「願い」だと受け止める近隣住民もいる。

 壁画の写真を撮影した男性は「英国が離脱を撤回しない限り、北アイルランドの現状は本当の意味で好転しない。マッキーさんの願いは報われるかどうか…」とため息をついた。(ベルファスト 板東和正、写真も)

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