ラソーダ氏を悼む 好物「春巻きのせいだ」 大きな腹さするのが定番ジョークだった

 また訃報が届いた。米野球殿堂博物館によれば、殿堂入りのレジェンドが昨年だけで7人も亡くなったのは過去最多。新年早々、胸が痛む。

 筆者が米国に駐在したのは2001年から13年。ラソーダ氏の監督時代は取材できなかったが、野茂英雄、石井一久両投手が在籍した02年はキャンプ地や球場でよく声をかけられた。ルーツであるイタリアの料理以外では春巻きが好物。「こうなったのは春巻きのせいだ」と言いながら大きな腹をさするのが定番のジョークだった。

 選手の多国籍化が進んだ現在の大リーグでは、監督に言語を含めた「異文化理解力」が求められる。ラソーダ氏は、その先駆者。野茂入団前の1980年代には、得意のスペイン語を駆使して「メキシコの怪童」と呼ばれたフェルナンド・バレンズエラやドミニカ共和国出身のラモン・マルティネスら多くの中南米選手を成功に導いた。

 名場面を挙げるなら、88年のワールドシリーズ第1戦だ。アスレチックスに1点リードされた九回2死一塁で、代打にカーク・ギブソン。両脚を痛めて歩くのさえ困難だったが、劇的な逆転サヨナラ2ランを放ち先勝した。勢いに乗り4勝1敗で球団史上6度目の世界一。これがラソーダ氏には最後の頂点となった。喜怒哀楽が激しく、「当時の戦力ならもっと勝てた」と采配を疑問視する声も多かったが、短所も含めてファンに愛されていた。(田代学、サンケイスポーツ元MLB担当キャップ、編集局次長)

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