初体験のW杯アジア2次予選は「先入観」との戦いだった

 【No Ball,No Life】1度目の「ニーハオ」には「ニーハオ」と笑顔で返した。2度目の「ニーハオ」には黙って手を振った。3度目は…。

 「日本では『こんにちは』ってあいさつするんやで。ボール蹴ってくれへん?」そう日本語で言ってみた。

 タジキスタンの首都、ドゥシャンベ。W杯予選の試合会場・セントラルスタジアムの前にも、学校の運動場のような土のサッカーグラウンドがあった。現地合宿初日の練習前にスタジアムを訪れると、少年たちが土埃をまきあげて試合の真っ最中だった。

 聞けば、彼らは14歳から15歳らしい。みんな線は細いが、サッカーの形になっていた。熱心に指示を飛ばす指導者もいた。しばらく試合を眺めていると、この次に試合をするらしい、ユニホームを着た少年たちに中国語のあいさつを何度か向けられたのだった。

 通り過ぎざまに「ニーハオ」。海外経験が豊富ならなんてことない、よくある経験なのかもしれない。しかし海外出張3度目の私には、あまりない経験だった。それに、心の中では少し面白がってもいた。きたか、と。ボールを持っていた、声をかけてきた少年に日本語で答えて「パスをくれ」のジェスチャーをすると、その子はボールをこちらに蹴ってくれた。そのまま2、3度パス交換して、笑顔で別れた。

 初めて見る私のような顔の人間を中国人だと認識する先入観が、おそらく子供たちにはあった(おちょくられていただけかもしれないが)。それをこの文で糾弾したいわけではない。先入観まみれでタジキスタンに入っていたのは、私の方も同じだったからだ。

 8年前の同国での対戦経験から、水が汚いという話やホテルが不衛生だというイメージはつきまとっていた。実際は、確かに飲むのは怖いが熱いシャワーも難なく浴びられるし、座席はぼろぼろだがピッチは整った人工芝。食事もどれもおいしく「劣悪な環境」とはほど遠かった。

 ゲストとして、開発が進んだ部分を積極的に利用できたのは言うまでもない。いまだ手つかずの部分や難しい暮らしの跡も見えた。現地に入って真実を知ったとは、口が裂けても言えない。それでも足を運んだ経験は、自分のなかにあった先入観を明らかにするには十分すぎるほど新鮮だった。

 9月のミャンマーから11月のキルギスまで、3カ月続いたW杯アジア予選。幸運にも全てを取材させてもらった。所狭しと並ぶ雑貨屋に香草が口の中でふくらむ麺料理がおいしいミャンマー。整然とした白い都市に、スタジアムを埋め尽くすほどのサッカー好きが集うタジキスタン。羊肉が中心の伝統料理と、見た目も日本人にうり二つで数々のおもてなしをくれたキルギス。どれも濃い記憶となっている。

 試合ではタジキスタンに続きキルギス相手にも前半は苦戦し、森保一監督(51)は「落としてもおかしくない試合だった」と振り返った。キルギス戦後はアジア杯決勝で敗れたカタール戦についても話がおよび、「アジアのなかで日本が飛び抜けた存在ではないということを学ばせてもらった」。それがこの1年間「層の厚さ」と「試合中の対応力」を重点的に強化するに至った、と話していた。

 先入観は過信を生み、ゆがんだ変化を導いてしまう。自分と相手を謙虚にできるだけ正確に見つめて準備に万全を期し、その次の戦いにつなげていく。日本代表から見たアジア予選も、そんな先入観との戦いなのかもしれない。(邨田直人)

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