巨人、痛恨3連敗で崖っ縁…23日先発の菅野で勝つしかない

 SMBC日本シリーズ第3戦(巨人2-6ソフトバンク、ソフトバンク3勝、22日、東京D)セ・リーグ優勝の巨人はソフトバンクに2-6で逆転負けを喫し、第1戦から3連敗。7年ぶりの日本一へ、崖っぷちに追い込まれた。23日の第4戦は腰痛で離脱していたエース・菅野智之投手(30)が約1カ月ぶりに先発。近鉄に3連敗から4連勝で日本一に輝いた1989年の再現を目指す。

 厳しい現実が待っていた。3試合連続で救援陣が崩れて完敗。ため息が充満する東京ドームで原監督の表情には、疲労の色がにじんだ。

 「思い描いたリレーだったが、なかなか自分のピッチングができなかった。四球、失策がね…」

 三回に1-2と勝ち越されたところで先発のD1位・高橋(八戸学院大)を諦め、2番手・鍵谷がピンチを脱すると、その裏に亀井が同点弾。四回に3番手のD6位・戸郷(聖心ウルスラ学園高)を投入したが、これが誤算だった。

 新人右腕は1死一塁から四球と自身の三塁悪送球で満塁とし、そこから4失点。第2戦に続いて守備のミスで流れを失い、指揮官は「滑り出しはよかったんだけど」と首を振った。

 痛恨の3連敗で崖っぷちに立たされた。負ければ終わりの第4戦はエースに託す。菅野は9月15日の阪神戦以来、38日ぶりの登板。この日はキャッチボールやダッシュで調整し、「投げても(登板試合数は)1回か2回。出し切って、投げたらもう動けないぐらいの覚悟で投げたい」と悲壮な覚悟でマウンドに上がる。

 今季は11勝(6敗)で5年ぶりのV奪回に貢献したが、腰痛に苦しめられ、レギュラーシーズンで3度、出場選手登録を外れた。CSファイナルステージで登板予定もあったが、回避して調整を続けた。15日のフェニックス・リーグ、韓国斗山戦で6回1失点に抑え、大一番に間に合わせた。

 平成が始まった1989年は近鉄との日本シリーズで3連敗から4連勝し、大逆転で日本一を達成した。令和元年も第3戦までは同じ状況…。当時の主砲・原監督は「ジャイアンツらしさを出すことが大事」と前を見つめた。奇跡を信じ、最後の最後まで希望は捨てない。 (伊藤昇)

★1989年の日本シリーズVTR

 藤田監督率いる巨人と近鉄が初対決。近鉄が第1戦から3連勝し、初の日本一に王手をかけた。第4戦で巨人は5点を奪い、先発の香田が完封勝利。第5戦は1点リードの七回に原がシリーズ初安打となる満塁本塁打を放ち、6-1で快勝。第6戦は先発の桑田が六回途中1失点の好投で勝利に導いた。第7戦では、原のシリーズ2号など計4発が出て、8-5で勝利。3連敗からの4連勝で8年ぶり17度目の日本一に輝いた。

■データBOX

 〔1〕巨人のシリーズ開幕3連敗は1996年(対オリックス)以来23年ぶり7度目。過去6度で日本一は、3連敗後に4連勝した89年の1度だけで、V確率は16・7%。4連敗で敗退すれば、57年(対西鉄、1分け挟む)、59年(対南海)、90年(対西武)に次いで29年ぶり4度目の屈辱となる。

 〔2〕巨人・亀井が初回先頭打者本塁打。シリーズの初回先頭打者本塁打は、2012年第2戦の巨人・長野久義(対日本ハム)以来7年ぶりで12人目(13度目)。

 〔3〕亀井は三回に2打席連続本塁打。巨人選手のシリーズ1試合2本塁打は1973年第3戦(対南海)の堀内恒夫(投手)以来46年ぶり6人目で、2打席連続弾は72年第1戦(対阪急)での末次民夫以来47年ぶり5人目。

 〔4〕亀井の本塁打は09年第2戦、同第5戦(対日本ハム)に次いで10年ぶり4本目。10年ぶりは、張本勲の15年ぶり(東映→巨人、1962年第6戦-77年第1戦)、森下整鎮の12年ぶり(南海、52年第6戦-64年第5戦)に次ぎ、史上3位タイのブランク。

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