昭和のヒーロー長嶋茂雄氏と平成のスーパースター・イチロー氏が世紀の握手! 映画のような1シーン

【時代を超える名調子】

 「2020年東京五輪の野球日本代表メンバーはどうなる?」などと思いをはせていると、私の心は09年にタイムスリップする…。

 2月中旬、私は宮崎空港に降り立った。大阪からの搭乗便は満席。ロビーには繰り返しアナウンスが流れていた。

 『本日、サンマリンスタジアムへおいでになっても、ご入場いただけません。既に満員です。ご了承ください』

 野球ファンは呆然と立ち尽くし、あるいはフロアにしゃがみ込む。

 3月の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)へ向けた、侍ジャパンの宮崎合宿である。

 タクシーに乗車しようとすると、「どちらまで?」「サンマリンです」「入れませんよ」「取材ですから大丈夫です」「それならよか」…そんなやり取りになるほどだった。空港でファンが足止めされているせいか、道路はガラガラで胸騒ぎがするような違和感を覚えた。

 到着しグラウンドに出てみて、あぜんとした。この時点で練習開始の1時間以上前。スタンドは一部の隙もなく埋まっている。そして視線が集まる先は、美しい緑の芝生、丁寧に整備された漆黒のグラウンド、きりりと引かれた白線、選手は一人もいないが、息をつめて登場を待っている雰囲気だった。

 30分、40分経過。ようやく一人が元気よく飛び出した。どこからともなく大拍手が起こる。若手の青木宣親(当時ヤクルト)だ。地元宮崎県日向市出身で、皆大喜びでいきなりテンションが高い。「すごいな」と思った。何人かが続き、次の盛り上がりは、ニコニコ笑顔の天才捕手・城島健司(当時マリナーズ)。声援に応えながら場内を巻き込んでいく。

 長身でスタイリッシュなダルビッシュ有(当時日本ハム)がモデルのように進み出ると、雰囲気が一変し女性の声が響き始めた。これまでなかった、ため息交じりの甘い雰囲気が漂う。松坂大輔(当時レッドソックス)、杉内俊哉(当時ソフトバンク)、藤川球児(当時阪神)、田中将大(当時楽天)…興奮はもう止まらない。そして、しばし間が空いた。

 一塁側のダッグアウトに視線が張り付く。空港で足止めが出るほど関心を集めた理由は、この人にあった。ファンならみんな知っている。彼は人前に出た瞬間から全力プレーを始めると。「見逃すまい」。そんな声が聞こえてきそうだった。そして、「ついに来た!」。膝を高く上げて胸を張り、グラブを手にさっそう躍り出る。

 「イチローだぁーっ!」

 拍手が鳴りやまない。一人一人の高ぶりが、期待が場内にこだまする。こんな拍手喝采は耳にしたことがなかった。イチロー(当時マリナーズ)が紳士的に場内に深々と礼をすると、ようやく落ち着いた様子になったが、興奮は続いた。いい風景を見せてもらった。私も酔った。

 …と思った次の瞬間、小さなざわめきが起こり、徐々に輪となって限りなく膨張し、スタンディングオベーションを伴って地鳴りのように空気を揺るがせた。イチローを迎えた熱をさらにヒートアップさせる。

 グラウンドに目を向けると、ゆっくりゆっくりと、片手をズボンのポケットに入れ、足を引きずりながら選手たちのもとへ向かう長嶋茂雄さん(巨人終身名誉監督)の姿があった。代表選手たちが待ち受けるその光景は、映画のシーンを見るようだった。イチローのもとにたどり着き、がっちりと握手を交わしたとき、うれしくてみんなが泣いた気がした。日本の野球の発展を願う昭和のヒーローと、平成のスーパースターが合体した世紀の一瞬だった。

 ■小野塚康之(おのづか・やすゆき) 1957年(昭和32年)5月23日、東京都生まれ。80年(同55年)、学習院大からNHKに入局。以降40年間、主に高校野球、プロ野球の実況を担当し、名物アナウンサーとして活躍した。今年3月にNHKとの契約を終了しフリーに。現在もDAZN、日テレジータスなどでプロ野球実況に携わっている。

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