栃ノ心、大関返り咲き!王手から3連敗…苦肉の注文相撲でやっとつかんだ/夏場所

 大相撲夏場所14日目(25日、両国国技館、観衆=1万936)3連敗中だった関脇栃ノ心(31)が、横綱鶴竜(33)を立ち合いの注文相撲ではたき込み、大関復帰の特例規定で定める10勝目に達して、1場所での大関返り咲きを決めた。7月の名古屋場所(7日初日、ドルフィンズアリーナ)では平成29年1月の初場所(稀勢の里、豪栄道、照ノ富士、琴奨菊)以来2年ぶりとなる4大関時代を迎える。平幕朝乃山(25)が大関豪栄道(33)を寄り切って12勝2敗とし、鶴竜が栃ノ心に敗れたため、初優勝した。

 邪念のない英断だ。大関に復帰するために。土俵人生をかけた白星を取りにいくために。結びの一番。栃ノ心が立ち合いで、左へ大きく変化。横綱鶴竜を注文相撲ではたき込んだ。

 「まわしを取りにいってドキドキした相撲を取るよりも(変化を)考えた。迷いもあったけど、最後の仕切りで決めた」。昨年5月の夏場所後に大関へ昇進。それ以降、立ち合いで当たらない変化は初めてだ。

 昭和44年名古屋場所から「2場所連続負け越しで関脇降格。降格直後の翌場所で10勝以上すれば大関に復帰」という現行のかど番制度となり、その規定を満たす10勝目。同制度以降の大関陥落は栃ノ心で18人目(21例目)となるが、返り咲きを実現させたのは5人目(6例目)。年齢が30代での復帰は初めてとなる。

 10日目の打ち出し後の午後7時すぎ。栃ノ心は東京都内の病院にいた。かつてじん帯を断裂した右膝にたまった関節液を抜くためだった。「抜いてずいぶん楽になった。あまり抜いちゃうとグラグラしちゃうけど」。その不安が的中する。

 9勝目を挙げた翌日の11日目から平幕に3連敗。「(関節液を)抜いてから駄目になった」。立ち合いの踏み込みが「左足はいくけど、その次(右)が出ない」。苦肉の注文相撲だったが、鶴竜、そして観客に対し「悪いことをした…」。

 だが、後ろめたさなど感じる必要はない。13日目。土俵際での逆転のすくい投げで行司軍配をもらいながら、物言いがついた。土俵上で6分余。長時間の協議を経て右かかとが先に出ていたと行司差し違えで黒星に。支度部屋では不平や泣き言は口にせず、黙ったまま。こぼれ落ちそうになる涙をタオルで何度も何度もぬぐった。

 勝ち名乗りを受ける土俵上には、座布団が舞った。栃ノ心の変化をとがめるものではなく、復帰を喜ぶ歓声がついてきた。場所後の6月中旬には母国ジョージアへ帰国する。昨年6月にも母国で初めて誕生した新大関として凱旋(がいせん)した。「国の応援もすごかった。みてくれている人が支えだった」。1年前も1年後も、母国では「大関」であり続ける。 (奥村展也)

★大関陥落後の翌場所に返り咲いた親方のコメント集

 ◆玉ノ井親方(元大関栃東) 「(陥落したのは)けがの影響で、自分の相撲を取り切れなかっただけ。いまは力を出し切っている」

 ◆元横綱三重ノ海の石山五郎氏(相撲博物館館長) 「特例場所は数字の目標がはっきりしているから、それに向かっていけばいいと気持ちも固まる。(自分のときは)勝てなければ引退しようと思って追い込んでいった」

■栃ノ心 剛史(とちのしん・つよし)

 本名レバニ・ゴルガゼ。昭和62(1987)年10月13日生まれ、31歳。ジョージア・ムツケタ出身。平成17年に春日野部屋へ入門。18年春場所初土俵、20年夏場所新入幕。22年名古屋場所新小結。28年名古屋場所新関脇。30年初場所で平幕優勝。同年名古屋場所で新大関。幕内優勝1回。殊勲賞2度、敢闘賞6度、技能賞3度。金星2個。幕内通算433勝415敗36休(59場所)。得意は右四つ、上手投げ。191センチ、170キロ。

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