“野人”岡野雅行氏、平成とは「チャンスをいただいた時代」 GMの仕事にもジョホールバルの経験生かす

 【特別企画 レジェンドたちの改元】鳥取GM・岡野雅行

 --「ジョホールバルの歓喜」(1997年=平成9年)前後の話は尽きない

 「ホントにそう思います。大変だった思い出ばかりですからね。W杯アジア最終予選で行った、敵地カザフスタンの空港なんて、砂でしたよね、滑走路が! その空港はジャンボ機が初めて降りると聞いていて。ありえないっすよね。無事に降りたときには、空港関係者が感激して、みなさん拍手喝采してましたから。話はヤマほどありますが、ジョホールバルまでの道のりの経験はもう2度としたくないです」

 --生まれ変わっても?

 「楽な場面なら…(笑)。始めからレギュラーとか、背番号11とかですか。アハハ…それはないです。ジョホールバルでのあの場面は、もう勘弁です(苦笑)」

 --岡野さんは現在、J3ガイナーレ鳥取のGM(ゼネラルマネジャー)として奮闘中

 「何をするにも、あの時(ジョホールバル)の経験が生きています。それは間違いありません。環境なんて関係ない、できないことはないと思っています!」

 --GMとして主な仕事は

 「とにかく(鳥取というクラブを)知ってもらう、宣伝する、ということです。全国の方々に興味を持ってくださいと気持ちを込めて」

 --漁師の仕事に挑戦してクラブをPRしたことも

 「はい、何でも屋さんですよ。ビッグクラブのGMは、葉巻を吸っているイメージがあるかもしれませんが、僕の場合は、おうかがいをして、動いて、いろんな方に出会って…サッカーに興味がある方は全国にいらっしゃいますから。東京はもちろん大阪、広島…他県の方にも興味を持っていただき、(鳥取へ)見に来ていただいて、支援をしていただけませんかとお願いしています」

 --就任当初は

 「PRの仕事は毎日やっていました。クラブでは地元の魚や、芝生の販売にまで携わっています。僕自身は講演もやらせていただいてます。台本は一切なし。お誘いをいただいた場所に行って、集まっていただいた方々の表情や雰囲気に合わせてお話しすることを決めます。みなさん笑顔で元気になって帰っていただいています。僕がデスクワークをしても意味ありませんからね(笑)。だから、そう、アシストするイメージです。僕がきっかけを作って、営業部長をはじめクラブ全体で頑張っていく。いろんな工夫をしてやっています」

 --平成とは、どんな時代だったか

 「チャンスをいただきました。日本サッカー界で川淵さん(三郎氏=現日本サッカー協会相談役)たちがJリーグをつくってくれたことには、本当に感謝しています。Jリーグがなかったら、ジョホールバルの歓喜は絶対になかった。みなさんにチャンスをいただきました。ありがたい。それしかないです」

 --今季、鳥取の目標はもちろんJ2昇格

 「いやぁ…開幕後、ブラジル人助っ人を含めて8人も故障者が出てしまって…FWがいないから、16歳の選手も出場していますよ。ユースから借りるしかないですから。一回、僕も出してくれと言ったんですけどね…だって僕、引退会見も引退試合もしていませんから(笑)」

 --J3は移動距離も長く、過酷なリーグ

 「まだまだこれからです! 選手は一生懸命やっていますが、勝つということは本当に難しい。自分が選手だったときの方が楽でしたね。実は令和元年の今季、クラブがどんどん勝ち進んだあかつきには、ビッグサプライズを考えています」

 --えっ、それは…

 「秘密です!!(笑)。楽しみにしていてください。みなさん、ガイナーレ鳥取をよろしくお願いいたします!」(聞き手・久保武司)

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