岡野雅行氏『ジョホールバルの歓喜』秘話 岡田監督は奥さんに「負けたら日本に帰れない…離婚してくれ」と言った

 【特別企画 レジェンドたちの改元】鳥取GM・岡野雅行氏(4)

 「ジョホールバルの歓喜」(1997年11月16日)でゴールデンゴールを決め、日本をW杯初出場に導いた岡野雅行氏(46)=現J3鳥取GM=が、当時の日本代表・岡田武史監督(62)=現FC今治オーナー=との秘話を初めて明かす。

 --ジョホールバルの試合後のロッカールームが忘れられないと

 「ええ、まるで負け試合のあとのロッカーのようでした。笑顔なんて全くない。みんなヘトヘト。岡田さんを見ると、地ベタに座ってフゥーっとため息。そしてたばこを吸い始めたんです。ボクは元気でしたよ。だって、(アジア予選で)あの試合しか出てないですから(笑)。岡田さんがたばこを吸っている姿って、見たことがなかったから、『吸うんですね、たばこ! デビューしちゃったんですかぁ~?』って言ったら、『バカやろう! おまえのせいだ、この野郎』ってドヤされた。でもね、最後に『オレが言った通りにやってくれたな。(ゴールを)入れてくれてありがとな』って岡田さん、笑ってくれて…。それはすごくうれしかったです」

 --その20年ほど後、ジョホールバルを訪れた

 「岡田さんと一緒にテレビ番組の収録で行かせていただきました。ご存じですか? 日本が勝ってから、ジョホールバルは一大観光地になったそうです。記念館が建つ構想もあるそうですよ。あの試合の後、日本人観光客がたくさんやって来たって、地元のみなさんにとても感謝されました。あのスタジアムに入ってゴールを入れた場所を見た瞬間、ツーッと涙が出ましてね。『あそこか…』って。こんなの初めての経験でした。しっかり写真も撮ってきました。そのときに岡田さんと一緒に食事をしまして、『あのとき、(岡田監督は)41歳だったんですね。今の僕より若いっすよ。よく断らなかったですね』と言ったら、岡田さんはいつもの口調で『ばか野郎! やる気なんて全くなかった。誰がやるかって。オレは加茂(周・元日本代表監督)さんに呼ばれて代表コーチになったんだから。(最初は日本協会からの監督就任オファーを)断ったんだ』って言ってました」

 --そこで当初は限定1試合(97年10月11日、ウズベキスタン戦)の約束で指揮を執った

 「でも、この試合でも勝てなくて(1-1のドロー)、岡田さんは全員を出迎えて、そのあとロッカーで選手全員泣き崩れたんです。本当に全員、もうダメだって。そうしたら、岡田さんはその涙を見て『そうか、選手たちはこれほどまでに追い詰められていたのか』と思ったそうです。そこで岡田さんが一番にしたことは、奥さんへの国際電話だったそうで、『覚悟を決めた。オレ、代表監督を受けるから。負けたら日本に帰れない。離婚してくれ。子どもたちは実家に帰せ』と言ったそうです」

 --それぞれにドラマがあった

 「今でも、負けていたらどうなっていたかと思うことがあります。これまでは、ジョホールバルや最終予選の話をするのは嫌でした。でも今、サッカー日本代表はW杯予選に勝って当たり前の時代になった。離れていったファンの方も多いと実感しています。だからこそ今は、こんなことがあったというのを、いろんな方々に伝えていきたい。そう思っているんです」 =つづく

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