稀勢、涙「一片の悔いなし」 引退…荒磯部屋創設へ

 新横綱場所だった平成29年3月の春場所。13日目に負った左上腕と左大胸筋断裂の大けがを押して出場し、奇跡的な逆転で賜杯を抱いた。その代償として、後遺症との闘いも始まった。同年5月の夏場所から8場所連続休場。年6場所制が定着した昭和33年以降の横綱でワースト記録をつくってしまう。

 「このまま潔く引退するか、横綱にさせてもらったファンの人たちのために相撲を取るかというのは、いつも稽古場で自問自答していた」。出場しては途中休場、全休を繰り返す中、進退をめぐる葛藤にさいなまれていた。

 初日から4連敗して休場した昨年11月の九州場所後、横綱審議委員会から奮起を促す初の「激励」を決議された。「覚悟を持って場所前から過ごした。自分の中で、これで駄目ならという気持ちがあるぐらい、いい稽古をしてきた」と臨んだ初場所。15日の栃煌山戦に敗れて初日から3連敗となり、「やりきった、という気持ちが一番最初に出た」と決断を下した。

 打ち出し後の夜、東京・江戸川区の田子ノ浦部屋で待つ師匠を訪ねた。2人で何度か時間を空けながら計30、40分ほど話し合ったという。

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