超高速ビームフォーミングが可能なミリ波帯フェーズドアレイ無線機を開発

日本電気株式会社

 -Beyond 5Gに向けてミリ波のさらなる有効活用へ大きな一歩-

 【要点】・Beyond 5Gに向けてミリ波帯フェーズドアレイ無線機を開発・移相器にデジタル補正技術を組み合わせ超高速・高精度のビームフォーミングを実現・各種無線通信機器に搭載でき、複数端末や高速移動への対応、時分割でのMIMO実現による高速通信が可能

 【概要】

 東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授と日本電気株式会社は共同で、次世代のBeyond 5G(用語1)に向けて、ミリ波(用語2)帯をより有効に活用できるフェーズドアレイ(用語3)無線機を開発した。

 第5世代移動通信システム(5G、用語4)ではミリ波帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っているが、Beyond 5Gに向けて更なる高速化のために、より高い周波数の利用や、大規模MIMO(用語5)の利用が期待されている。これらを実現するためには高速なビームパターン(用語6)切り替えが必要だが、切り替え速度と精度の両立ができていなかった。本研究では高速切り替えが可能なスイッチ型の移相器(用語7)にデジタル補正技術を組み合わせることで、高速かつ高精度なビームパターンの切り替えを実現した。

 開発した28GHz帯フェーズドアレイ無線機は65nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで製作した。事前にプログラムされた256通りのビームパターンを瞬時に切り替えられるように設計し、実験において、4ns(ナノ秒)で切り替えが可能であることを確認した。また、256QAM(用語8)による偏波MIMO(用語9)で高速な通信が可能であることを確認した。

 今回開発した回路は5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、時分割でのMIMO実現による通信の高速化や、到来方向推定(用語10)の高速化を可能とし、ミリ波帯の5Gの普及や高度化を加速させる成果といえる。

 研究成果は6月13日からオンライン開催される国際会議「Symposium on VLSI Circuits 2021」で発表する。

 ●開発の背景

 昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX、用語11)の加速により、移動通信システムに求められる通信容量が指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システムでは、従来のマイクロ波帯にあわせて、周波数が10倍以上高いミリ波帯を用いることで従来にない高速大容量な無線通信を実現しようとしている。

 国内でも、2020年に5Gの商用サービスを開始しているが、次世代のBeyond 5Gや6Gに向けては、ミリ波帯のさらなる有効活用が求められている。その方向性として、さらに高い新規周波数の活用や、ミリ波帯大規模MIMOの実用が期待されている。

 ●ミリ波帯のさらなる有効活用に向けた課題

 現行の5Gミリ波通信では、アナログビームフォーミング(用語12)によって、通信する端末を時間的に切り替えることにより、無線資源の有効活用を図っている。今後、さらに高い周波数で、より広い周波数帯域を用いて通信する場合、現在、5Gで用いられている信号では、1つの情報の持続時間が短くなるという性質がある。このため、複数の端末に情報を送るには、より高速なビーム方向の切り替えが必要になる。

 また、現行5Gにおいて、6GHz以下の周波数では、デジタルビームフォーミングによって、複数の情報を、同じ周波数で同時に送受信する大規模MIMO技術を用いて、高速・大容量通信を実現している。ミリ波帯でも、大規模MIMOを実現できれば、さらなる無線資源の有効活用が可能だが、複数のアンテナ毎に送受信器が必要になり、サイズや消費電力の観点で、現実的ではなかった。1つの解決方法として、情報の持続時間よりも短い時間間隔で、ビームパターンを変えながら送受信することで、複数アンテナを用いた大規模MIMOと同等の効果を小型に実現することが可能だが、やはり、高速なビームパターン切り替えの実現が課題であった。

 ●研究成果

 従来、スイッチ型の移相器は高速な切り替えが可能であることが知られていたが、位相の調整精度が悪いことと、位相の切り替えにともない望まない利得の変動が起こることが問題であった。そこで研究グループは、高速切り替えが可能なスイッチ型の移相器にデジタル補正技術を組み合わせることで、この問題を解決し、高速かつ高精度なビームパターンの切り替えを可能とした。スイッチ型の移相器は分解能を高くしようとするとスイッチ段数が増大するため、スイッチ型により疎調整し、パイ型により微調整するハイブリッド型の移相器とした。利得変動の問題は、位相調整と同時にデジタル補正することで解決した。

 この新しい回路方式を用いたフェーズドアレイ無線機を、最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで製作した(図1)。この無線機は偏波MIMOにも対応し、5.0mm×4.5mmの小面積に、水平偏波用に4系統分、垂直偏波用に4系統分のトランシーバを搭載した。合計8系統の位相および振幅が同時に書き換えられる変換テーブルを内蔵し、送受信それぞれで256通りのビームパターンを記録できるSRAMを搭載した。集積回路チップはWLCSP(Wafer Level Chip Size Package)技術(用語13)によりパッケージングした。テストボードの表面に4素子のアレイアンテナを設け、裏面には開発した集積回路チップを実装した。

 図1: 高速ビームフォーミングが可能なCMOSミリ波フェーズドアレイ無線機IC

 このテストボードを電波暗室内に配置し、距離を離して0度方向と40度方向に測定用のホーンアンテナを配置し、高速なオシロスコープにより受信信号を測定したところ(図2)、4ns(ナノ秒)で切り替えが可能であることを確認した(図3)。送受信の切り替えは74ns(ナノ秒)であった。また、28GHz帯に割り当てられている400MHz帯域幅を用いて256QAMの偏波MIMO通信に対応できることを確認し、高い変調精度と高速高精度なビームフォーミングが両立できることを確認した。

 図2: 高速ビーム切り替えの測定評価

 図3: 高速ビーム切り替えの実測。切り替え時間4ns(ナノ秒)を達成。

 ●今後の展開

 本研究成果により、ミリ波帯フェーズドアレイ無線機において高速高精度ビームフォーミングが可能となった。今回開発した回路は、5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、時分割での大規模MIMO、高速な到来方向推定、安定したビームトラッキング(用語14)等を可能とする技術であり、ミリ波帯の5Gの普及や高度化を加速させる成果である。

 【謝辞】

 本研究は総務省委託研究「第5世代移動通信システムの更なる高度化に向けた研究開発(JPJ000254)」の成果の一部である。

 【用語説明】

 (1) Beyond 5G:第5世代移動通信システム(5G)の次の世代の移動通信システム。

 (2) ミリ波:波長が1~10mm、周波数が30~300GHzの電波。

 (3) フェーズドアレイ:複数のアンテナをアレイ状に配置(アレイアンテナ)し、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。

 (4) 第5世代移動通信システム(5G):2019年に展開を開始した、国際的な移動通信ネットワークの第5世代技術標準。現在ほとんどの携帯電話に用いられている第4世代移動通信システム(4G)ネットワークの後継の規格である。4Gまでは、6GHz以下の周波数帯が用いられてきたが、5Gではその6GHz以下の周波数帯にあわせて、ミリ波も利用することで大幅な通信速度の向上を可能としている。

 (5) 大規模MIMO:MIMO(multiple input multiple output)とは、複数の送受信アンテナを使用することで、複数の無線通信経路を確立し、利用する技術であり、帯域あたりの伝送速度の向上が可能である。大規模MIMOは、より多数のアンテナを用いるMIMO技術の総称である。Massive MIMO(マッシブマイモ)と呼ばれることが多い。

 (6) ビームパターン:アンテナから放射される電波のパターンのことで、方向によって放射される電波が強くなるところや、弱くなるところがあり、その指向性のパターンを表す。ビームパターン切り替えとは、ビームフォーミング技術を用いて、ビームパターンを切り替えること。

 (7) 移相器:入力信号に対して位相が一定量増減した信号を出力する回路のことで、位相の変化量はデジタル信号や電圧により制御可能なものもあり、ビームフォーミングの実現に利用される。スイッチ型の移相器とは、移相器の方式の一種であり、スイッチの切り替えにより位相差を変化させることができるが、分解能が荒い。パイ型の移相器とは、移相器の方式の一種であり、パイ型の回路構成を持ち、抵抗等の変化により位相差を変化させることができるが、変化範囲が狭い。

 (8) 256QAM:デジタルデータと電波や電気信号の間で相互に変換を行うためのデジタル変調方式の1つ。AMラジオ等で用いられるAM(Amplitude Modulation)変調は搬送波の振幅を利用した変調方式であるが、QAM(Quadrature Amplitude Modulation)は搬送波の位相と振幅の両方を利用した変調方式である。データを示す位相と振幅の組み合わせの数が256通りであるものを256QAMと呼ぶ。256QAMでは、位相が直交する2つの波を合成して搬送波とし、それぞれに16段階の振幅を与えることで、合計での256値(16×16)のシンボルを利用して1度に8ビットの情報を伝送することができる。

 (9) 偏波MIMO:偏波とは、電波が空間を伝わるときに波が振動する方向のことで、振動方向が一定で、電界が地面に対して垂直な偏波を垂直偏波、電界が水平な偏波を水平偏波と呼ぶ。偏波MIMOとはMIMO技術の一種であり、適切なアンテナを用いることで、特定の偏波の電波を取り出すことが可能であり、水平偏波と垂直偏波の2つの偏波を用いて複数の通信経路を作り出すMIMO技術を、特に偏波MIMOという。

 (10)到来方向推定:電波がどちらの方向から到来しているかを推定する技術。

 (11)デジタルトランスフォーメーション(DX):5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用・浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念をいう。

 (12)ビームフォーミング:アンテナからのビームパターンを制御すること。一般的にはアレイアンテナを用いて、各アンテナから送受信される信号の位相と振幅を制御することにより実現する。電波の放射パターンを特定の方向に向けて細く絞り、遠くまで届けることができる。位相と振幅の制御の方法による分類として、アナログ回路部分で位相と振幅を変化させるアナログビームフォーミングと、デジタル回路部分で変化させるデジタルビームフォーミング、両者を組み合わせたハイブリッドビームフォーミングがある。ミリ波帯では多数のアンテナを用いるため、デジタル方式では回路規模と消費電力が莫大になるため使用されておらず、アナログ方式が用いられている。

 (13)WLCSP(Wafer Level Chip Size Package)技術:半導体ICチップのパッケージ技術の一種。ICチップと同じ面積で実現できる非常に小型かつ安価なパッケージ技術。

 (14)ビームトラッキング:ビームフォーミングにより、通信相手の移動にあわせてビーム方向を向ける技術。

 【発表予定】

 この成果は6月13日からオンライン開催される国際会議Symposium on VLSI Circuits 2021のAdvanced Wireless for 5Gのセッションにおいて、「A Fast-Beam-Switching 28-GHz Phased-Array Transceiver Supporting Cross-Polarization Leakage Self-Cancellation (高速ビーム切り替えが可能な28GHz帯CMOSフェーズドアレイ無線機)」の講演タイトルで発表される。

 講演ビデオ公開時間:日本時間6月1日午後2時

 Q&Aセッション:日本時間6月17日午前8時50分

 講演タイトル:A 28-GHz CMOS Phased-Array Beamformer Supporting Dual-Polarized MIMO with Cross-Polarization Leakage Cancellation (高速ビーム切り替えが可能な28GHz帯CMOSフェーズドアレイ無線機)

 会議Webサイト:https://vlsisymposium.org/

 【問い合わせ先】

 東京工業大学 工学院 電気電子系 教授

 岡田 健一 (おかだ けんいち)

 電話: 03-5734-3764 携帯電話: 090-8827-7781

 FAX: 03-5734-3764

 Email: okada@ee.e.titech.ac.jp

 日本電気株式会社

 ネットワークサービス企画本部

 Email: contact@nwsbu.jp.nec.com

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