ノーベル平和賞受賞の国連WFP日本事務所代表も出席 - WFPチャリティーエッセイコンテスト表彰式開催 - 応募総数は過去最多の2万2,905作品 -

国連WFP

 初のYouTubeライブ配信も!~6万8,700人の子どもたちに学校給食が届く~

 認定NPO法人 国連WFP協会(横浜市)は10月16日(金)、「WFPチャリティーエッセイコンテスト2020」の表彰式を開催しました。国連WFP協会が支援するWFP国連世界食糧計画は10月9日にノーベル平和賞受賞が発表されたばかりです。今年のエッセイコンテストは新型コロナウイルスの影響がありながらも、応募総数は過去最多の2万2,905作品となり、約6万8,700人の子どもたちに栄養価の高い給食を届けられることになりました。

式には湯川れい子さん、河本準一さんなどが参加(c)JAWFP

 今年は「みつけた!わたしの元気ごはん」をテーマに、7月1日~9月4日の間、小学4年生から大人まで幅広い世代を対象に作品を募集。応募1作品につき途上国の給食3日分にあたる90円が寄付協力企業(※)より国連WFPに寄付される仕組みとなっており、今回の寄付合計金額は206万1,450円(1社あたり約68万円)となりました。

 表彰式ではWFP国連世界食糧計画日本事務所代表の焼家直絵が国連WFPとして挨拶を述べ、「今回WFPが受賞できたのは飢餓が平和達成のためにとても大切だと認識されたからだと思っております。」とノーベル賞受賞に対してコメントを述べ、新型コロナウイルスの影響で学校給食支援が困難になっている現状に対し「WFPはこのような状況においても命に直結する支援を止めるわけにはいきません。」と語りました。

 審査委員長を務める音楽評論家の湯川れい子さんは新型コロナウイルスの影響で仕事や住まいを失い厳しい状況に追い詰められた人々に言及し、「その現実の中で2万2,905通という応募作品を頂いたことにものすごく感動しました。こんな大変な時に、チャリティエッセイを2万人を超える方が一生懸命書いてくださった。そのことに何よりも私は大きな感動を頂きました。」と今回のコンテストを総評。湯川さんのほか、審査員を務めた竹下景子さん、河本準一さん(次長課長)、ふなっしーさん、三浦豪太さん、三國清三さん、本田亮さんらが各賞の受賞者に賞状と賞品を手渡しました。

 最優秀賞となる「WFP賞」を受賞したのは、神奈川県在住の小学5年生、相蘇 仁那さんの「おひさまミートソース」。お母さんが入院中にお父さんと二人だけの生活の中で起きた心温まるエピソードをつづりました。(下記に全文掲載)

 相蘇さんは表彰式で、「素晴らしい賞を頂きありがとうございました。この受賞をきっかけに世界中の人が当たり前に食事ができる未来をつくるために私ができることは何かを考えていきたいと思います。」と語りました。当日は、竹下景子さんによるWFP賞受賞作品の朗読も行われました。

朗読する竹下さんとWFP賞受賞者の相蘇 仁那さん(c)JAWFP

 また応募数が最も多い学校・団体に贈られる「WFP学校給食賞」には、応募数が1,200通を超えた須磨学園高等学校・中学校(兵庫県)が2年連続で選ばれました。

  ※寄付協力企業 昭和産業株式会社、日清食品ホールディングス株式会社、三菱商事株式会社

<開催概要>

 【主催】 認定NPO法人 国連WFP協会

 【テーマ】 「みつけた!わたしの元気ごはん」

 【題名】 自由

 【部門】 1.小学生部門(4・5・6年生) 2.中学生・高校生部門 3.18歳以上部門

 【募集期間】 2020年7月1日~9月4日

 【各賞】 1.WFP 賞(最優秀作品)1名 2.各部門賞 1名ずつ 3.審査員特別賞 各部門1名 4.佳作 各部門5名 5.WFP学校給食賞(応募数上位の学校・団体)

 【発表】 2020年10月16日

 【賞品】 WFP 賞・部門賞・審査員特別賞受賞者には表彰式で賞状と賞品を進呈。佳作受賞者には郵送。WFP学校給食賞受賞校・団体には賞状を郵送。

 【応募総数】2万2,905通

 【寄付総額】206万1,450円

 ■WFPエッセイコンテスト専用ウェブサイト:http://www.wfpessay.jp/2020/

 <国連WFPとは>

 国連WFPは、国連機関であるWFP 国連世界食糧計画(2020年度ノーベル平和賞受賞)と、それを支援する認定NPO法人である国連WFP協会という2つの団体の総称です。国連WFP協会は、広報・募金活動のほか企業・団体との連携を進め、日本における支援の輪を広げています。https://ja.wfp.org/

■WFP賞(全文) 

 『おひさまミートソース』

 神奈川県 相蘇 仁那(あいそ にな)

 「ひどいことを言ってしまった。」わかっているけれど、「ごめんなさい」の言葉は心のとげとげにつっかかって出てこない。

 母が入院した一週間と少しの間、父と二人だけで生活した。食事とお弁当は父が作ってくれたけれど、からあげは固いし、卵焼きは甘すぎる。食べる度に母がいないと実感してイライラするのだ。晩ご飯は必ずからあげと卵焼きで、その残りが私のお弁当になる。

 ある日、私がお弁当をほとんど残して帰ると、父は具合が悪いのかと聞いてきた。私は食欲がなかったと答えて、晩ご飯も残した。それでも父はしつこくて、少しでもいいから食べなさいとうるさかった。

 「うるさいな!だってまずいんだもん。それにいつもいつも同じだし!」

 一気に言ってしまってから後悔した。怒られるとかくごしたけれど、父は

 「ごめんな。」

 と言ったきり何も言わなかった。

 次の日学校にいる間ずっと、夕べのことを後悔しながら過ごした。帰宅して重たい気持ちで玄関のドアを開けると、ふわっと良いにおいがして、笑顔の父が立っていた。

 「今日はミートソースだぞ。」

 机の上には、丸くて真っ赤でお日さまみたいなミートソースが二つ並んでいた。一口食べたら、甘ずっぱくておいしかった。おいしいのに涙があふれて止まらなかった。一緒に泣き出しそうな顔をしている父に、

 「おいしいよ。」

 と泣き笑いで言うと

 「よかったー!お母さんに電話して教えてもらって、朝からがんばったんだぞ。」

 と得意気に言った。私は泣きながら全部食べて、言えなかった「ごめんなさい」も言えた。

 あれからずっと、父の得意料理も私の元気ごはんも、あのおひさまみたいなミートソース。それを食べる度に私は、甘ずっぱくて温かい気持ちになるのだ。

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