“安保のイロハ”が欠落している日本 基盤的防衛力だけ保持、周辺国の脅威と「どう戦うか」は考えず

【日本の安全保障戦略】

 第2次安倍晋三政権で、国家安全保障戦略が策定された。その下には、「どういう兵器を買うか」という防衛戦略(防衛計画の大綱)があるが、「どう戦うか」という軍事戦略が欠落している。米国の国家安全保障戦略には「防衛戦略」と「軍事戦略」がセットで付いている。誰と同盟し、誰とどう戦うから、どういう兵器をそろえるかという順番でものを考えるのが安全保障のイロハである。

 戦前、後に首相となる田中義一がまだ陸軍中佐の頃、日露戦争後の国防態勢構築に焦燥した田中は、日英同盟という大方針を前提に、帝国国防方針を書き上げて山縣有朋元帥に提出した。一中佐が大それた文書を書いたものである。気おくれしたのであろう。当初は「随感雑録」と題されていた。

 感銘を受けた山縣は、それを「帝国国防方針」と題して明治天皇に報告し、天皇はこれを嘉(よみ)された。帝国国防方針には、用兵綱領と所要兵力が付されており、どう戦うから、どういう兵力が必要かという理路整然とした構成になっていた。

 戦後、1976年になって防衛計画の大綱が初めて策定された。そこでは、日本は最低限の基盤的防衛力さえ持てばよいとされ、防衛費をGNP(国民総生産)1%に限定するという方針が取られた。驚くべきことに、ロシア、中国という強大な共産国家に囲まれて、GNP1%以上の防衛努力を放棄するという考え方が、政府によって正式に採用されたのである。

 それ以上強い敵が来たら米国にすがる。米国に見捨てられたら、国民の命と幸福が犠牲になるのもやむを得ないという理屈であった。

 最低限の基盤的防衛力だけ持てばよいという理屈だから、具体的な脅威は想定してはいけないという論理になる。だからどう戦うかという軍事戦略が抜け落ちるのである。

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