めぐみさんへの手紙 横田滋さん死去で親世代2人に

 横田めぐみさんは昭和52年11月15日、新潟市の寄居中学校でバドミントン部の練習を終えて帰宅途中、北朝鮮工作員に拉致された。 平成9年3月に被害者家族会が結成されると、父の滋さん、母の早紀江さん(84)夫妻を含め全国各地の家族が国民に「拉致」の事実を知らせるため、全国を奔走。初代代表に就き、救出運動の「象徴」ともされた滋さんの講演回数は、1400回にも上った。14年に実現した被害者5人の帰国は、こうした活動がもたらした世論のうねりの結果ともいえる。

 だがそれ以降、ほとんど成果はなく、当時の「熱気」も「怒り」も冷めてしまった。

 政府が令和元年に公表した世論調査では、北朝鮮への関心事項で「日本人拉致」と答えた18~29歳は62・2%と年代別で最低。30~39歳も74・1%で、次に低かった。政府は「国民世論の後押し」を拉致解決の原動力に挙げるものの、若い世代を中心に拉致の「風化」は現実になりつつある。

 今年は2月に有本恵子さん(60)=拉致当時(23)=の母、嘉代子さんが94歳で、6月に横田滋さんが87歳で相次ぎ死去。未帰国被害者の親で存命なのは、早紀江さんと恵子さんの父、明弘さん(92)の2人だけとなった。

 10月に東京都内で開かれた滋さんのお別れ会で、19年から滋さんに代わって家族会代表を担う田口八重子さん(65)=同(22)=の兄、飯塚繁雄さん(82)は、「残された家族も弱ってきている」と自身を含めた衰えを率直に吐露。9月に発足した菅義偉(すが・よしひで)政権に対して「間髪入れずに対応をお願いしたい」と早急な取り組みを改めて切望した。

 政府の主体的な取り組みに加え、滋さんの遺志を「自分事」として受け止められるかどうか。国民の意識が問われている。(中村翔樹)

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