中曽根外交「洗練されたずうずうしさ」 田久保忠衛・杏林大名誉教授

 東京・高輪のグランドプリンスホテル新高輪で17日、中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬が行われた。中曽根氏の外交に詳しい田久保忠衛・杏林大名誉教授が産経新聞のインタビューに答えた。

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 「中曽根外交」を一言でいえば、“田舎者”だった日本の外交を一人前の外交にしたことだ。

 印象的なのは、1980年代の米ソによる中距離核戦力(INF)全廃交渉だ。ソ連が欧州とアジアに配備した中距離核兵器「SS20」について、米国は「欧州ゼロ・アジア半減」の方針で対ソ交渉を進めていた。しかし、当時、中曽根康弘首相はレーガン米大統領に問題点を指摘し、アジアでも全廃を目指すよう働きかけた。レーガン氏もそれを受け入れた。日本が世界の最前線に飛び出す象徴的な出来事だった。

 レーガン氏と「ロン・ヤス」関係を築いたのも大したものだった。中曽根氏は首相就任後、最初に韓国を訪問し、その後米国に向かった。それは冷戦下で日本と韓国がけんかすることを最も懸念していた米国に対して、「日韓関係は心配するな」ということをお土産にしようと考えたからだ。中曽根氏がレーガン氏に伝えたとされる「米国にとって日本は不沈空母」の言葉も日本への信頼を強めた。

 中曽根氏の外交哲学の一つは、日本が世界で孤立してはいけないということだった。世界の指導者を相手に堂々と渡り合い、レーガン氏も英国のサッチャー首相も中曽根氏のことが大好きだった。先進国首脳会議(サミット)の記念撮影で中曽根氏は、平然と中央に割り込んだ。

 外交には中曽根氏のような洗練されたずうずうしさが必要だ。菅義偉(すが・よしひで)政権でも中曽根外交を受け継いでほしい。(広池慶一)

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