【新首相へ菅さんのスガオ(下)】挫折乗り越え政治家に…嫌がった「菅先生」の呼び名

 秋田県出身で初めて首相となった菅義偉氏。同じ雄勝町(現湯沢市)秋ノ宮地区で育ち、小・中・高校の同級生だった由利昌司さん(71)は、菅氏が1967年3月に県立湯沢高を卒業し故郷を離れた後は「音信不通だった」と話す。

 由利さんも同時期に上京したが、2年後に帰郷。その際、菅氏の父、和三郎さんから「義偉は、東京で挫折を味わったようだ」と聞いた。実家の農業を継ぐことを嫌い上京した菅氏は、都内の段ボール工場に就職。しかし短期間で辞めていた。「挫折とは、そのことだと思います。でも家出同然で飛び出し、家には帰るに帰れなかった。アルバイトをいくつも掛け持ちして生活していたようです」と明かす。

 菅氏はその後、当時私大では一番学費が安かった法大に入学し、73年に法学部政治学科を卒業。民間企業に務めたが、政治の世界を志して75年、小此木彦三郎元通産相の秘書に転身した。

 2人の親交が再開したのは、その頃だった。郷里で働いていた由利さんは84年、秋ノ宮の代表として雄勝町議選に推され、当選した。菅氏も横浜市議を経て、96年衆院選で初当選。由利さんが国会議員になった親友を「菅先生」と呼ぶと、「なんだお前、ばかにしてんのか」と嫌がった。

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