元番記者がみた菅氏 パンケーキとウオーキングで激務乗り切る

 平成30年9月から令和元年8月までの約1年間、政治部の官房長官番記者として菅義偉氏を取材した。

 「新しい元号は『令和』であります」

 平成31年4月1日、首相官邸の記者会見室。菅氏が緊張した面持ちで「令和」と記された額を掲げると、室内にシャッター音が鳴り響いた。記者はこの会見に番記者として出席し、元号選定で重視した点などを尋ねた。

 この直後からの「令和おじさん」フィーバーはすさまじかった。若者からお年寄りまで菅氏を知らない人はなく、行く先々でもみくちゃになった。菅氏もそれを最大限活用し、みずから政権の「広告塔」を演じた。令和元年8月の埼玉県知事選では与党推薦候補の応援のために埼玉入りし、多くの人を集めた。

 元号発表のころから菅氏は「ポスト安倍」の有力候補へと急浮上する。「平成」を発表した当時の小渕恵三官房長官が後に首相となったことも観測を後押しした。

 ただ、菅氏は、記者が水を向けても「考えていない」と繰り返すばかりだった。安定した政権運営のため、おくびにも出さなかったのだろう。

 元年5月には米国を訪れ、北朝鮮による日本人拉致事件についてペンス副大統領らと会談した。官房長官の海外訪問は異例だ。首相を目指す上での課題とされていた「外交力」が試される場に臨み、来るべき日への地ならしをしているのではないか-。そんな憶測も広がった。米国に同行した記者の目に、菅氏は「大舞台」で生き生きしているように映った。

 菅氏は秋田県の農家出身のたたき上げだ。とにかく多くの人に会い、その声を聞いて政策に反映することを信条としてきた。「当たり前でないことを見逃さない」として、最近は高止まりしていた携帯電話料金の引き下げを実現した。いよいよ首相として、国内外の難題に直接立ち向かうことになる。

 酒は飲まず、甘党でパンケーキが大の好物。番記者との懇談会ではよくパンケーキを食べたが、菅氏が子供のような笑顔でほおばる姿が忘れられない。一方で体調管理には万全を期しており、朝のウオーキングが日課だ。首相になっても、「菅スタイル」で激務をこなしていくことだろう。(さいたま総局 中村智隆)

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