「何もしてこなかった政治家や拉致を否定していたメディアが…」 横田滋さんの遺族が伝えたかったこと

 【ニッポン放送・飯田浩司のそこまで言うか!】

 北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父で、拉致被害者家族会初代代表の横田滋さんが5日、老衰のため亡くなりました。87歳でした。

 9日、妻の早紀江さん(84)と、双子の息子、拓也さん(51)と哲也さん(51)が、東京・永田町の議員会館で記者会見を行いました。私も取材しましたが、葬儀直後にもかかわらず、遺族は100人以上の報道陣を前にしっかりと語っていました。

 新聞では例外的に夕刊フジが取り上げましたが、哲也さんから「40年以上も何もしてこなかった政治家や、『北朝鮮なんて』『拉致なんかするはずないでしょう』と言ってきたメディアがあったからここまで安倍総理、安倍政権が苦しんでいるんです。(中略)何もやっていない方が政権批判をするのは卑怯(ひきょう)だと思います」との発言がありました。

 1980年に産経新聞が、北朝鮮による男女4組の拉致疑惑・拉致未遂事件という記事を書きましたが、虚報、捏造(ねつぞう)として葬り去られました。当時は拉致を語れば、「北朝鮮がそんなことをするはずはない」「日本の右翼や韓国軍事政権の陰謀論だ」とされた時代。日本の左派は拉致問題に冷淡だったことは以前から言われていたことでした。

 今回の哲也さんの発言は一人歩きします。政権を支持する人たちは「よく言った!」と拍手喝采し、政権に批判的な人たちは、拉致被害者家族が政権を擁護していると、批判を展開するようになりました。双方が、哲也さんの発言を材料として、自説の補強や批判に使っていったのです。

 が、論争を呼ぶことが真意だったのか? 哲也さんは「『日本対北朝鮮』『被害者対加害者』の構図しかないわけなので、ぜひこれからもご協力をいただきながら解決をしていきたい」とも語っていました。

 家族会事務局長である拓也さんも「マスコミのみなさま方におかれましても、イデオロギーに関係なく、この問題をわがこととして、もっと取り上げてほしいと思っています。『自分の子供なら、どうしなきゃいけないか』ということを問い続けてほしい」と述べていました。

 一方に、40年以上も日本人を連れ去ったまま返さない北朝鮮という非道な国家があり、もう一方には、長年その状況を変えられずにきた日本という社会がある。

 経済大国の日本がなぜ変えられずにきたのかといえば、国民が分断されてきたからです。当初は事件がなかったことにされ、顕在化した後は、論争の具として国民が分断されてきたからにほかなりません。

 「分断し、各個撃破」が戦(いくさ)の鉄則。ならば、こちらは団結してことに当たらなくては。内を固め、討って出る。滋さんを失った悲しみのなか、遺族が訴えたかったのは論争を呼ぶことではないと思います。

 ■飯田浩司(いいだ・こうじ) 1981年、神奈川県生まれ。2004年、横浜国立大学卒業後、ニッポン放送にアナウンサーとして入社。ニュース番組のパーソナリティーとして、政治・経済から国際問題まで取材する。現在、「飯田浩司のOK!COZY UP!」(月~金曜朝6-8時)を担当。趣味は野球観戦(阪神ファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書など。

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