無名の参院議員がなぜ最高実力者になったのか 故・吉田博美氏を振り返る

【政界徒然草】

 10月26日に死去した自民党の吉田博美前参院幹事長は、参院の最高実力者として永田町の政治力学を変えるほどの影響を及ぼした。表舞台に出ず、閣僚経験もない。永田町以外で無名の参院議員は、どのようにして権力を手中にしたのか。

首相との信頼関係

 最後の「公の場」は6月17日の自民党役員会だった。難色を示す主治医を押し切り、入院先から車いすで参加した。70歳の誕生日でもあった。

 役員会室で安倍晋三首相が「お誕生日おめでとうございます」と声をかけると、二階俊博幹事長が「言葉だけでいいんですか」とツッコミを入れた。首相は笑ってこう話した。

 「言葉だけの人と、そうじゃない人がいますよね」

 吉田氏は役員会であいさつをして退席した。首相も中座して隣の部屋に移り、「吉田さん、これからも信頼関係を続けていきましょう」と語った。

 吉田氏は「言葉だけではない人」として首相に大きな信頼を寄せられ、時には首相への要求を通した。そうした関係を築いたことが、吉田氏が政権内で影響力を持った理由の1つだ。

 参院国対委員長だった平成27年の通常国会では、集団的自衛権の限定的行使を可能とする安全保障関連法を、野党の猛反対の中で成立させた。そのために、国会会期を現行憲法下で最長となる95日間も延長した。衆院側や官邸内には長期延長に反対論があった。野党が政権批判をする時間が増えるからだ。

 吉田氏は首相に、昭和35年の安保闘争で女子学生が死亡した経緯を語り、「丁寧に国民の理解を得る努力をすべきです。絶対に犠牲者を出してはいけない」と進言し、首相は聞き入れた。

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