北工作員遺体漂着の「能代事件」 元捜査員が初証言 「恐怖で震えた」

 秋田県能代(のしろ)市の日本海沿岸で昭和38年4月、男2人の遺体が見つかった。北朝鮮工作員が密入国を図った「第1次能代事件」で、現場を最初に調べた元刑事が報道機関の取材に初めて応じた。県内では工作員による拉致が疑われる失踪者もいる。「拉致は、今も続いている問題」-。元刑事は被害者の帰国を願い、事件を語り継ぐ決意だ。(中村翔樹、写真も)

 ■震える恐怖

 秋田県北部の能代市中心街から南に約6キロ。日本海に面した「浅内(あさない)浜」に県警能代署の刑事だった伊藤京治さん(82)が到着したのは、4月1日午前4時ごろだった。

 “不審なゴムボートが漂着。そばに2体の死体らしいものがある。現場へ向かえ”。

 エープリルフールの未明に電話でたたき起こされ、からかわれていると思ったが相手の声は「嘘じゃない。これから全員に招集をかける!」とうわずっている。現実と悟ったが、「北朝鮮工作員の可能性もある」と付け加えられた情報は、にわかには信じられなかった。

 署の捜査係に配属されたばかりだった25歳の新米刑事の現場経験は、強盗や暴力団関係、交通事故などにとどまる。「夢であってほしい」。寝室から警察手帳と懐中電灯だけを持ち、スクーターで沿岸を飛ばした。

 現場には単一色の軍服を着た2人の男が倒れていた。1人はボートに上半身を入れて横向き、1人は浜辺にうつぶせだ。ボートの男の腰のあたりからは拳銃の持ち手部分がのぞいている。工作員だと直感した。

 「死んだふりをしているのではないか。周辺に仲間が隠れているのではないか」。そう思うと身体がこわばる。風に揺れる木々のざわめきが、工作員が飛び出してくる音に聞こえた。震えを抑えながら男らの口元に手を近づけ、呼吸を確認した。

 ■400万円の札束

 日が昇り、上司らの到着を待って現場検証が始まった。ボートの男の内ポケットには円とドルの札束。ドルは当時のレートで約400万円相当あった。「下っ端のスパイではないな」。心の中でつぶやいた。乱数表、地図、無線機に偽造運転免許証…。警察庁が北朝鮮スパイと断定する“七つ道具”が出そろった。

 銃は旧ソ連製トカレフ、上陸後に着替えるつもりだったのかスーツのような服も見つかった。免許証は大阪府公安委員会の発行で、伊藤さんは「関西のほうへ紛れ込むつもりだったのかもしれない」と振り返る。

 遺体発見の前日、海は大(おお)しけだった。県警は2人がボートで上陸を図り、高波にさらわれるなどして失敗したと結論づけた。

 だが、事件は終わりではなかった。

 5月10日、「第1次」の2人が見つかった浅内浜から北に約5キロの米代(よねしろ)川の河口で、1体の遺体が見つかった。死後約1カ月で腐乱が進んでいたが、所持品などからこちらも北朝鮮工作員と断定された。第1次と同じころに密入国を図った疑いも浮かび、「第2次能代事件」と命名された。

 ■高ぶる気持ち

 事件から56年がたった9月中旬、伊藤さんは事件後初めて浅内浜へ行った。その後の警察官人生で、スパイ捜査などには関わらなかったが、この2つの事件は特別の印象を放っている。当時と風景は一変していたが、現場に立つと「気持ちが高ぶった」。

 秋田県の海岸は能代事件以降も多くの工作員の上陸地点となり、侵入者には拉致実行犯もいる。県内から失踪した、拉致の可能性を排除できない「特定失踪者」も4人。伊藤さんは拉致問題に関する報道に触れるたびに心を痛めてきた。「工作員の侵入を許した結果、拉致は今も続く国家的な問題になってしまった。その一端ともいえる事件に関わった身として、何か支援をしていきたい」。伊藤さんはそう決意している。

 ■拉致犯も秋田から侵入

 秋田県沿岸には北朝鮮工作員が侵入、離脱したとみられる地点が数多いことが警察の捜査などで判明している。第2次能代事件と同時期の昭和38年5月、八峰町(旧八森町)の海岸から工作員が密入国し、翌39年に愛知県警に逮捕された「一宮事件」が発生。ほかにも、侵入地点と疑われる場所が多く存在する。

 実際に拉致事件の実行犯も上陸。昭和53年7月に蓮池薫さん(62)、祐木子さん(63)夫妻を拉致したとして国際手配されているチェ・スンチョル容疑者は45年に男鹿市の海岸から侵入している。

 県内の失踪者を地理的、状況的に検討すると、拉致問題について調べている特定失踪者調査会が、「拉致の可能性が濃厚」とする根拠が理解できる。

 平成4年1月15日、北秋田市(旧合川町(あいかわまち))から市中心部の鷹巣(たかのす)地区へ1人で車で出かけた松橋恵美子さん(54)=失踪当時(26)=は、失踪から4日後、能代市内の「落合浜」でキーが付いたままの恵美子さんの車が見つかり、車内に財布や化粧道具、ジャンパーが残されていた。

 給油の伝票には、失踪当日に2回給油した記録があったが、落合浜や鷹巣地区に行くだけならば不要な量。助手席側のドアにはへこみがあり、別人が強引に乗り込んできて車を乗り回した可能性がある。

 拉致解決に取り組む「救う会秋田」の伊藤見一さんは、秋田沿岸が工作員の上陸ポイントとして利用された背景として、地形的な特徴に着目。日本海に突き出した男鹿(おが)半島など「目標にしやすいポイントがあった」と分析する。

 恵美子さんの母親のチヤさん(77)は21年に夫、22年には自身の母を相次いで亡くし、心細さを口にする。「なんとか声だけでも聞きたい」。思いは27年、変わっていない。

◇能代事件とは

 秋田県能代市の海岸で昭和38年春、密入国を図って失敗、水死したとみられる北朝鮮工作員計3人の遺体が2度にわたり相次いで見つかったスパイ事件。秋田県警は4月1日の2遺体発見を「第1次能代」、5月10日の1遺体発見を「第2次能代」と命名し、氏名不詳の3人を出入国管理令違反容疑で容疑者死亡のまま書類送検。秋田地検は11月21日、3人を不起訴処分(容疑者死亡)とした。

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